こころのかけら(前編)


1.

 燃えている。木が、草が、森が燃えている。
 樹齢数百年は経ているであろう巨木を、紅蓮の炎が焼きつくす。
 その炎の中を、炎の赤よりなお赤い、真紅の巨人が駆け抜ける。
 ここはドイツ、”黒の森”。神話の昔、妖精たちが平和に暮らした伝説の地。
 だが、今ここを駆けるのは、鋼と蒸気でつくられた破壊の使者。”人型蒸気”と呼ばれる科学と魔術の私生児。

「はぁっ!」

 荒い呼気とともに、男は五人目の敵を葬った。
 愛機の操る巨大なランスに貫かれ、かつての僚友であった黒い巨人が倒れ伏す。機体のNo.は「03」・・・。

(フィンケ・・・すまん。)

『この任務が終わったら結婚するんです。』

 そう言って笑った年下の友人を思い出し、男は一瞬目を閉じる。だが・・・

(私はもう、後戻りはできない!)

 その時、再び決意を固める男の前に、最後の敵が現れた。
 そしてそれは、欧州大戦の英雄、独逸装甲騎士団の「赤い騎士」。彼、シュミット=ヤコビー少佐が戦う最後の相手でもあった。



2.

(・・・人形のようだな。・・・まるで。)

 それが、その少女の第一印象だった。
 美しいプラチナブロンドの髪。澄んだ青い瞳。幼いながらも整った顔だち。
 だが、その年頃の子供たちがもつ、溢れるような命の輝きは、その少女から完全に欠落していた。

「君。名前は・・・?」
「・・・実験体17号。」
「実っ・・・!?」

 話しかけたヤコビーに返ってきたのは、予想どうりに美しいが、感情のまったくこもらない声と、予想外の答だった。

「駄目ですよ、少佐。」

 あまりのことに絶句するヤコビーに、少女と同じく美しいが、遥かに暖かい声がかけられる。

「かえでさん。いまこそ貴女のおっしゃった意味が良くわかった・・・。」



 賢人機関の代理人を名乗るその女性。「藤枝かえで」が接触してきたのは三日前のことだった。

『研究所から、ある人物を救出する手助けをして欲しい。』

 軍人としては聞き入れることのできない依頼に、ヤコビーの反応は堅かった。だが、彼女に見せられた一冊の資料が彼を変えた。
 生粋の軍人である彼には理解しがたい、分厚い書類を埋めつくした一連の数値と「廃棄処分済」の文字。
 その意味を理解した時、彼は自らが守るべき国の極秘計画「ヴァックストーム」の抹消を決意した。



3.

 黒の森を一台のトレーラーが走る。
 かえでを含む賢人機関の工作員たち。実験体と称される子供たちの最後の一人。そして、ヤコビーと彼の愛機、真紅のパンツァーカバリエを乗せたトレーラーだ。
 周囲を守っているはずのヤコビーが手を貸したこともあり、今のところ追っ手がかかる気配もない。
 順調だ・・・ここまでは。

「ヤコビー少佐っ!」

 突然、通信機と向かい合った男から声がかけられた。どうやら研究所に残してきたエージェントから、連絡が入ったらしい。

「どうしたっ!」
「パンツァーカバリエが出撃しましたっ!しかも、全ての騎士が戦闘薬を服んでいるそうですっ!!」
「何だとっ!!」

 ヴァックストーム計画には、いくつかの副産物がある。その一つが、「戦闘薬」と称される強力な向精神薬だ。
 これを服んだ者は、どんな状況でも沈着冷静に行動することができる。しかし、替わりに人としてのあらゆる感情を失う。
 自分と同等かそれ以上の力をもち、与えられた任務を達成するために不要な、すべての迷いを切り捨てた六人の騎士。
 それは、ヤコビーの選択肢から「説得」と、「手加減」の二つが消えたことを意味していた。



後編に続く。>
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