3.(承前) (やるしか・・・ないのか・・・?) 「負けるよ。」 覚悟を決めようとしたヤコビーに、不意に声がかけられた。 「!?」 「彼我の戦力比から考えて、勝てる確率は5%以下、生き残れる確率は・・・。」 「もういい・・・!」 子供のものとは思えない冷静な声を遮り、ヤコビーは少女を抱きしめた。 たまらなかった。 国のためと信じて手を貸した行為が、多くの未来ある子供たちの命を奪い、ただ一人残った少女の心すら壊してしまった。 自分が悪い訳ではない、しかし、自分を責めずにはいられなかった。 「・・・私にはね、妻がいたんだ。」 「・・・・・・。」 いつしかあふれてきた涙をぬぐおうともせず、ヤコビーは少女に語りかけていた。 「手柄をたてて出世すれば、彼女がよろこんでくれる・・・。そう信じて私は戦場を駆け巡った。」 「・・・・・・。」 「そして帰った時・・・彼女はもういなかった。」 「・・・捨てられたんだね。」 「ハハッ・・・そうかも知れないな・・・。」 本当は違う。英国飛行船団のベルリン空爆に巻き込まれたのだ。生まれてくるはずの子供とともに・・・。 だが、ヤコビーはそれを話さなかった。 「その時からわたしは・・・自分の戦うべき理由を見失ってしまった。」 「・・・戦う・・・理由・・・?」 「そうだ。」 少女の瞳を真っ直ぐに見つめながら、ヤコビーは話しかけた。それは、これから過酷な運命が待つであろう、その少女に対する、彼なりの別れの言葉だった。 「君がもし将来、戦場に立つことがあるなら、覚えておいて欲しい。戦うべき理由をもたない闘いは、自らの身を滅ぼすということを・・・。」 「・・・?」 「フフフ・・・今はわからなくてもいい。」 優しく微笑み、少女の頭を軽く撫でながら、ヤコビーは立ち上がった。 「かえでさん。この子のこと、頼みます。」 「・・・。」 無言でうなずくかえでに敬礼し、ヤコビーは愛機に向かってゆっくりと歩きはじめた。 「出撃する!!」 涙はもうない、そこにいるのはいくつもの死線をくぐり抜けた、歴戦の勇者だった。 光り輝くランスを携え、森の奥へと歩みさる紅い巨人を、人々はいつまでも見つめていた。 「あの人、死ぬよ。」 その言葉は、そこにいる全ての者の考えを代弁していた。 4. 累々と横たわる、巨人たちの躯。 そのただ中で、かれら二人の騎士の闘いは続いていた。 (やるな・・・リュッペ!!) 相手の攻撃をかわしつつ、ヤコビーは内心舌を巻いていた。 だが、確かにリュッペは、独逸装甲騎士団の中でヤコビーに次ぐ実力をもってはいたが、それでもここまでの力はなかったはずだ。 (これが、戦闘薬の力か!?) 先に倒した五人の仲間も、いままでとは比べものにならないくらい強かった。 一撃。 二撃・・。 三撃・・・! 相手の攻撃をうけるたび、左腕に装着した盾から激しい火花が飛び散る。 扱う武器は、ヤコビーのランスに対して、リュッペは・・・剣。 突き、切り、払い、受け流す。多彩な攻撃パターンをもつ剣に対して、「突き」に特化したランスをふるうヤコビーの不利は明らかだった。 その時・・・。 ゴガヴンッ!! 「なんだっ!?」 打撃のものとは、明らかに違う衝撃が機体を震わせた。 「・・・!圧力計がっ!!」 五人の仲間を倒した闘いで、ヤコビーの機体は少なからず損傷をうけていた。圧力計の異状は、ダメージが蒸気機関にまで及んだことを示していた。 「あと・・・1分・・・と、いったところか。」 完全に振り切れた圧力計を見ながら、ヤコビーは自分でも意外なほど冷静に、人生の残り時間を計っていた。そして、それだけの時間で、今のリュッペを倒す方法は一つしかなかった。 (ちがう・・・) 剣をかわす。 (これも、ちがう・・・!) 再びかわす。 リュッペの攻撃をかわしながら、ヤコビーは慎重にタイミングを計っていた。だが、その間にも時間は減っていく。 50秒。 45秒・。 40秒・・。 30秒・・・。 (・・・!これだ!!) 上下のフェイントから放つ、必殺の突き。リュッペの最も得意とする攻撃をヤコビーは待っていた! 「ぬぅおおおおおおぉ〜〜〜〜っ!!」 突きに合わせて左腕を差し出す。受けるのは、盾・・・ではなく、掌。 ギゴガガガギュッ!! 凄まじい異音を発しながら、リュッペの剣が左腕を串ざしにする。当然、その中のヤコビー本人の腕も切り裂かれる。 だがそれこそが、彼の目的だった。 「はぁっ!!」 ドイツの人型蒸気、「パンツァーカバリエ」には、機動力を補うため、ほかにはない特殊な機能が備わっていた。 「高機動形態」 両足の外側と、エンジン左右に取り付けられた計4機の車輪を用いる時、その機動力は、後に開発される「神武」に匹敵する。 両足を投げ出すように姿勢を変えたヤコビーの機体に引きずられ、リュッペの機体が大きくバランスを崩す。 (勝機・・・!) 肩、肘、手首。 ひねりを加えつつランスを突き出しながら、限界を越えたエンジンの出力をさらに上げる! 「シュツルム・ラァーーーンスッ!!」 真紅の槍と化したヤコビーの機体が、とっさに構えた盾もろとも、リュッペの機体を微塵に砕く! 欧州大戦で、数多の敵を葬った、これが、彼の必殺技だった。 (終わった・・・な。) 仲間たちの躯に囲まれ、動きを止めた愛機の中で、ヤコビーは静かに最期の時を待っていた。 (あの子は、無事脱出できただろうか・・・?) たぶん大丈夫だろう。短い付き合いだったが、かえでという東洋人の女性は信頼に値する。うまくやっているはずだ。 (マリアンヌ・・・。) 愛機とともに炎に包まれながら、彼の脳裏には愛する妻と共に、生まれなかったはずのわが子の姿がはっきりと映っていた。 妻と共に微笑むその子は、どこかあの少女に似ていた・・・。 5. 森の向こうから立ち昇る炎を、藤枝かえでは静かに見つめていた。 賢人機関の救出隊と合流した今、もはや危険はない。 「・・・レニ。」 「・・・え?」 「僕の・・・名前。」 「そう・・・いい名前ね。・・・レニ。」 のちに、星組に入隊した少女<レニ=ミルヒシュトラーセ>は、自分の機体にランスを装備する。 その理由は誰も知らない、レニも語らない。 ただ、かえでにだけは、レニが失った心の、最初のひとかけらを取り戻した証に思えるのだった。 (完) |