こつこつこつ・・・・・ 夜の闇に閉ざされた大帝国劇場に足音が響く。 「はあ・・・・・・・」 深いため息を一つつくと、大神一郎は地下への階段を降り始めた。 港での一件からすでに一週間。間違えて船に乗ってしまったかえでを連れ戻した勢いで宴会に突入した一同に巻き込まれ、気がつくと大神は帝劇の自分の部屋で眠っていた。 その後、船便の関係上すぐに出発とはいかず、結局フランス留学の話は無期延期となってしまった。 とはいえ、既に辞令が交付されている以上、「花組隊長」としての仕事はない。やむをえず大神は「帝劇の雑用係」としてここで働くこととなった。 (なんでこうなっちゃったんだろ。・・・みんなと一緒にいられるのは嬉しいけど。) ここしばらくの間に、すっかり習慣となった悩みを反すうしながら鍛錬室の前を通りかかる。 (・・・部屋から明かりが?) すでに夜も更け、誰もいないはずの室内から明かりが洩れている。大神はゆっくりと扉を開き中の様子を伺う。 「あら、大神くん。見回りご苦労様。」 「かえでさん・・・!」 そこにいたのは帝国華撃団副指令、藤枝かえでその人だった。 (・・・あ。石鹸の匂いが。) 風呂上がりらしく、ほのかに漂う石鹸の香りに大神の心は激しく揺さぶられる。 「・・・?どうしたの大神くん。」 「いっ、いえっ!な、なんでもありませんっ!!」 「そう。ならいいけど・・・・・・。 ・・・ごめんなさいね、大神くん。私のせいでフランス行きが延期されちゃって。」 「とんでもない!!あれは自分の責任です、かえでさんは悪くありませんっ!!」 「お・・・大神くん。痛いわ・・・」 「・・・え?・・・あっ!?」 予想外のかえでの言葉に我を忘れ、大神は両手でかえでの肩を握り締めていた。 「すっ、すみませんっ!!」 あわてて手を離し、かえでに背を向ける大神。しかし、その手にはかえでの細い肩の感触が残っていた。 (かえでさん・・・。こんなに細い肩で帝撃のみんなを支えていたのか・・・。) (大神くん、頼りなさそうでもやっぱり男の人ね。すごい力だった・・・。) どきどきどきどきどき・・・・・・・・・ 重い沈黙に包まれた室内に二人の心臓の音が響く。その沈黙を破ったのは大神だった。 「かっ・・・かえでさんっ!失礼しましたっ!! そんなつもりじゃなかったんですっ!!」 (お、おちつけ!おちつくんだっ!!一郎っ!!) 「・・・大神くん。」 (じゃあどんなつもりだったのかしら?) 「その・・・石鹸のいい匂いが・・・いえ!そうじゃなくて!! 俺のことでかえでさんがそんなに気を使って頂いてるなんて、思ってもいなかったし・・・それに」 (うわぁぁぁ〜〜〜〜っ!何言ってるんだ俺わっ!!) ますます混乱していく大神の肩に、優しく手がかけられる。 「え・・・?」 振り向くと意外なほど近くにかえでの顔があった。 「か・・・かえで・・・さん。」 「いいの。もういいのよ大神くん。あなたの気持ちよく解ったから。」 「・・・・・・・・・。」 「お互いこの話はもうしないことにしましょう。いつまでも気にしていてもどうなることでもないもの。 そんなことより、いまの自分の仕事を精一杯頑張りましょう。そうすればいつかきっと道は開けるはずだもの。」 「かえでさん・・・。」 見つめあう二人。それ以上の言葉はなくとも、お互いの瞳の中にあるものが互いの心を伝えあっていた。 「うふふふふふふふふふふふふ・・・・」 「はははははははははははは・・・・・・」 やがて、どちらからともなく静かな笑みが洩れはじめた。 それは嘲笑や、侮蔑を含んだ冷たい笑いではなく。それを見た者すべてに、暖かいものを感じさせるような微笑みだった。 「・・・じゃ俺、見回りの続きがありますから。」 「・・・そう。大神くん、しっかりね。」 ・・・つん。 完璧に身についた自然な動作でおでこを押すかえで。 その時・・・ 『・・・未熟。』 二人しかいないはずの室内に、突然声が響いた! つづく。その2へ |