(あぁ・・・行ってしまう。 あの人が行ってしまうわ・・・。) フランス留学のため、帝劇を後にする大神一郎の後ろ姿を、サロンの窓辺から見送りながら、藤枝かえでは深い苦悩に捕らわれていた。 なぜなら・・・ 「わたし、あの人になにも出来なかった・・・ 『しっかりしなさい。』のつんも。 『がんばって、隊長さん。』のつんも。 『みんなあなたを頼りにしてるのよ。』のつんも・・・ 何も・・・何もしていない。」 帝撃副指令としての使命感から、前副指令あやめの残した全てのものを受け継ごうと、努力を重ねてきたかえでであったが、唯一「でこつん」だけは最後まで会得することが出来なかった。 「もう一度・・・もう一度だけチャンスがあれば。 でももう遅いのね。彼は行ってしまった・・・。わたし・・・副指令失格ね。」 「そんなことはありませんっ!!」 「さくら!?・・・それにみんなも!!」 振り向くとそこには、さくらをはじめとする花組の面々、月組隊長加山、そして、帝撃総指令米田の姿があった。 「まだ遅くなんてありません。これから追いかければ出航までには追い付けるはずです! 行きましょう!かえでさん!! 大神さんはずっと・・・ずっとあなたを待っていたんですっ!!」 「さくら・・・あなた。」 あふれそうな涙を堪え、さくらはかえでのために言葉を絞り出す。 そこに秘められたさくらの想いが、かえでの心を突き動かした。 「・・・ありがとう。さくら。 わたし、行くわ!!」 「かえでさん・・・!」 「よっしゃあ!みんなで隊長を追いかけるぜぇ!!」 「ええ!長官、帝国華撃団花組、これより大神中尉を追撃します!!」 「うむ!翔鯨丸緊急発進!! なんとしても大神を捕まえるんだっ!!」 「おぉ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 この時、武蔵突入以来久しぶりに、華撃団全員の心が一つになった。 (もうすぐ帝都ともお別れか・・・) 乗船の始まった波止場で、大神は静かにたたずんでいた。 そろそろ自分も乗り込もうかとトランクに手を延ばす。 その時・・・ 「大神さ〜〜〜〜〜ん。」 「・・・!みんな!?」 「水臭いですよ隊長。私たちに黙って出ていかれるなんて。」 「そうだぜ。一言ぐらいかけて欲しかったよ、なぁ?」 「アイリスすっごく驚いたんだからぁ!! ね、レニ。」 「・・・うん。」 「黙って出ていかれるにしても、せめて私にだけでも挨拶していって下さればよろしかったのに。」 「フフン。どっちにしても、そんなカッコイイこと中尉さんには似合わないデース。」 「まったくや。大神はんに二枚目は似あわへんで。」 「紅蘭。それってちょっと酷くない?」 ハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・ この一年、ともに闘い、ともに喜びを分かちあってきた大切な仲間たち。 彼女たちの笑顔に包まれ、大神は胸の奥から熱いものが溢れ出すのを感じていた。 「みんな、俺のためにわざわざ来てくれるなんて・・・」 「大神さん。見送りに来たのは私達だけじゃありませんよ。 ほら、あそこに。」 「米田長官!加山も!!・・・それに、かえでさんまで!!」 花組から少し離れた場所に立つ三人。 その中から、かえで一人がゆっくりと大神に近づいてきた。 「かえでさん・・・。」 「大神くん・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 互いの瞳を見つめあい、無言で立ち尽くす二人。 異様な緊迫感に満ちたその姿を、花組のみならず、米田が、加山が、そして、波止場にいる全ての人々が息をひそめて見守っている。 「・・・大神くん。」 (・・・あぁっ。ダメよ大神くん。そんな目で見ないで。) 「かえでさん。俺・・・」 (これが最後なんです。お願いします、かえでさん!!) 「もうすぐ出航ね。大神くん。」 (落ち着くのよ、かえで。自然に・・・そう自然に流れをつくるの!) 「はい!帝撃の名を汚さないよう、がんばってきます!!」 (よし!いいぞ一郎!!このまま・・・) 「よろしい。いい返事だわ。」 (今よ!かえで!!) 微かに震えながら、かえでの右手がゆっくりと上がり・・・ 「・・・?かえでさん・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 胸の高さで止まった。 「・・・だめ。」 「かえでさん!?」 「ごめんなさい大神くん。わたしにはどうしても出来ない!!」 叫ぶや両手で顔を覆い、身をひるがえすかえで。 その背に大神の声がかけられる。 「逃げないで下さい!かえでさん!!」 「・・・!!」 「かえでさん・・・俺知ってるんです。 かえでさん、ずっと特訓してましたよね? 雨の日も、風の日も、クーデター部隊に襲われた時も、帝都を守るためミカサが出撃した時も! その時間を無駄にしないで下さい!! お願いですかえでさんっ!勇気を出してっ!!」 「・・・大神くん。・・・あなた。」 大神の熱い叫びに足を止めたかえでに、さらに別の声がかけられる。 「そうだぜ、かえでさん!ここで逃げたら一生後悔しちまうぜっ!!」 「かえでお姉ちゃん!がんばれ!!」 「かえでサン!弱い心に負けないで!!」 「ここが正念場だっ!くじけるなかえでくんっ!!」 「そうだぜお嬢さん!ここで逃げちゃならねぇ!!」 「お嬢さん!がんばって!!」 「かえでさん!!」「お嬢さん!!」「しっかりしな!姉ちゃん!!」「かえではん!!」「くじけるな〜〜〜っ!」「がんばって!!」 ありうべからざる事が起こるのが奇跡なら、それはまごうことない奇跡であった。 かえでを励ますため、帝撃の仲間のみならず、その場にいる見知らぬ人々が声の限りに叫んでいる。 老人も、子供も、恋人同士とおぼしき若い男女も、乳飲み子を連れた夫婦も、そして・・・ 『しっかり・・・かえで。』 その声は、かえでの耳ではなく心に直接響いてきた・・・。 誰よりも親しく、誰よりも遠く、そして誰よりも懐かしいその声の主。それは・・・ (姉さん!?・・・あやめ姉さん!!) そう。そこに半ば透き通った姿で立つその人は、今は亡き前帝撃副指令、藤枝あやめであった。 後半に続く。 |