「ドッペルゲンガー・後編」


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4.

『こりゃ金剛っ!!しっかりせぇっ!!』

 霞みのかかった意識に、木喰の喚き声が響く。

(ちっ。るせぇ奴だぜ・・・。なに騒いでやがんだ?)

 無意識に機体を起こしながら辺りを伺う。

ゴウン・・・

 何か重い物が動く音にそちらを見ると、大日剣と同じ形をした白銀の機体が立ち上がるところだった。

(ありゃぁ・・・確か・・・ふ・・・くう。
 ・・・・・・・不空!?)

 目が覚めた。

「うおぉっ!!」

 自分が何をやっていたのか思い出し、慌てて剣を構える。だが、大日剣の右手に残ったそれは、剣の柄の部分のみ。不空はと見れば、そちらも同じ状態のようだ。

「・・・へっ。お互い得物は使えなくなったみてぇだな。」

 軽く口元を笑いの形に歪めると、あっさりと剣の残骸を投げ捨てる。
 改めてよく見れば、不空の全身の装甲は歪み、ひび割れ、先刻の激突がいかに激しい物であったかを物語っている。
 しかし、それは金剛の駆る大日剣も同じ事。
 意識を回復してからの僅かな間に、自分の機体にどれほどの損傷があるのかを、金剛は十分すぎるほど把握していた。僅かに手足を動かしただけで、機体のそこかしこからきしみが挙がる。何より悪いのは霊子機関の駆動音に雑音が混じっていることだ。
 そして・・・。

「あんまり長くは遊べそうもねぇようだな。」

 肋骨から伝わる痛みが、口の中に広がる血の味が、金剛自身も軽くない怪我を負ったことを伝えてくる。

『遊んどる暇なんぞ無いわい。』

 再び木喰が口をはさむ。

「・・・どういう意味でぇ?」
『よいか金剛。ワシの計算ではあ奴は後5分程で活動限界が来る筈じゃ。お主はこれ以上無理せず、自分の身を守ることを・・・』

ブツッ・・・

 木喰の言葉を最後まで聞かず、金剛は通信機のスイッチを切った。

「馬鹿野郎。俺は五行衆筆頭だぞ。
 相手が倒れるのを待って逃げ回るような、恥ずかしい真似が出来るかよっ!!
 なぁっ!!不空っ!!」

ブォンッ!!

 金剛の声に答えるかのように、霊子機関の爆音を響かせながら、不空が両の拳を持ち上げる。そこに込められた意味を、金剛は誰よりも良く理解していた。

「へへっ、そう来るか。それでこそ『俺』だぜっ!!」

 みなぎる歓喜と共に、風を巻いて大日剣が走る。
 それを迎える不空は、両腕を大きく開いた不動の構え。
 共に剣は折れ、装甲はひび割れ、いつ動けなくなってもおかしくない。残った物は二つの拳のみ。
 だがそれでもなお、彼らは闘うことを止めない。
 何故ならそれが金剛という漢の生き方だからだ!!

ゴッ!!

 鈍い音と共に大日剣の右拳が不空の顔面を捕らえる。
 だが同時に不空の左拳も大日剣の脇腹に突き刺さっていた。

「ぬうぅっ!!」

 肉弾戦の衝撃で金剛の全身に激痛が走る。
 それでも金剛は大日剣を操る手を休めようとしない。

ガンッ!!ギンッ!!

 左右の連打が不空の胸板を叩く。
 最も装甲の厚いそこは、普段ならその程度の攻撃にはびくともしない筈だ。だが、先刻の激突で歪み、ひび割れた胸板は、大日剣の拳を受け止めることが出来ない。

『ガガッ!!』

 二、三歩後退しながら腰が落ちる。
 それを好機と見て不用意に間合いを詰めた大日剣に・・・。

ドンッ!!

 下から上へ、体ごと突き上げるような、不空の強烈な一撃が襲いかかる。

「ぐはぁっ!?」

 思わずのけぞる大日剣に、不空が追い打ちをかける。

ドドドドドッ!!

 速射砲のような突きの連打を、大日剣はかわ・・・さない。
 全身に闘気をみなぎらせ、攻撃のことごとくを受け止める。その衝撃に激しく揺さぶられながら、金剛は子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

「どぅしたぁっ!!
 ンなヌルい攻めで俺様を倒す事なんざ出来やしねぇぞぉっ!!」

 笑いながら蹴りを放つ。

ドガンッ!!

 不意に繰り出したそれを、不空も避けず受け止める。

『抹殺・・・!!』

ガギンッ!!

 蹴りのお返しとばかりに不空の肘。
 それも避けない。

「おおうっ!!」

ゴキンッ!!

 ・・・ほどなくしてその攻防からは、『守』の部分が綺麗に消え失せた。己の拳を相手の身体に叩き込み、相手の拳を己の全身で受け止める。既に『技』も『術』もない、ただ『どちらがより長く相手の攻撃に耐えられるのか?』それだけの単純極まりないやりとり。その中に金剛は己の想いのありったけを込めていた。

(楽しいよなぁ不空。
 どうやらお前も俺と一緒で、とことん不器用な奴みてぇだなぁ。こうしてぶん殴りあってると、お前の気持ちが物凄ぇ良く解るぜ。
 そうか・・・お前も楽しいか。
 やっぱ喧嘩はこうでなけりゃなぁ・・・。
 ほれ、次いくぜ!!
 おっ?良く耐えたなぁ。
 今度はお前の番だ、思いっきり来な!!
 うおっ!?凄ぇのが来たな!!
 だがどうでぇ、耐えて見せたぜ!!
 ・・・・・・楽しいよなぁ。おい。
 ほんっとによぉ・・・・・・・。)

 熱く・・・激しく・・・
 滴る血と、飛び散る火花に彩られた夢のような時間。
 だが・・・それも終わろうとしていた。

『ヴヴッ・・・。』

 不意に不空の膝が落ちる。
 不規則な点滅を繰り返す不空の『目』が、ついに活動限界の来たことを示していた。

「どうした・・・もう終わりか?」

 金剛の声に答えるように、傷ついた身体を立ち上がらせようと必死に足掻く不空。だが、それまでその身を支えてきた意志が、手足を動かす度にとめどなくこぼれ落ちていくのが、金剛にははっきりと感じられた。

『ヴ・・・ヴヴ・・・。』

 不意に不空の『目』が大日剣を・・・金剛を見つめる。
 すでに立ち上がる力を失い、指一本動かすことさえ出来そうもない。それでもなお、不空から燃え滾るような闘志を感じる。
 命燃え尽きるその時まで、闘おうとする強い意志を。

「・・・・・まだやろうってのか。
 なら、トドメはとっておきの技で刺してやるぜっ!!」

 これまでの闘いの傷で大日剣も、そして金剛自身にも限界が近づいていた。だが、不空の闘志に答える為、金剛は残された力のありったけを、強敵に対する敬意の全てを、その技に込めた!!

「五行・・・相克!!」

ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!

 金剛の魂そのものを燃やしているかのような膨大な霊気が、大日剣の霊子機関から限界を遥かに越える高出力を引きずり出す。

ガンッ!!

 みなぎる力の全てを込めて、大日剣の胸元で激しく撃ち合わされた両拳から、凄まじい閃光が迸る。

「鬼神ッ!!轟ッ!天ッ!殺ッ!!」

ガガァッ!!

 大日剣から解き放たれた、数十の雷を束ねたような轟音と烈光が、地下洞窟を縦横無尽に駆け巡る。触れた者の全てを滅ぼさずにはおかない凶悪な力を秘めたそれが、一気に収束すると真正面から不空に襲いかかった。
 金剛は見た。
 鬼神轟天殺に全身を焼かれ、砕かれながら、不空が立ち上がるのを。
 そして確かに聞いた。
 不空の笑い声を。
 爆光の中に崩れ落ちる最後の瞬間まで、不空は笑っていた。
 声高らかに・・・。
 微塵の迷いもないその声は、紛れもなく金剛自身の物だった・・・。

5.

「うひょふぁふぁふぁふぁふぁ。ようやったのう金剛。」

 いつもと変わらぬ、奇妙な笑い声と共に話しかけてきた木喰を無視し、金剛は不空の残骸を見つめていた。

「・・・・・どうしたんじゃ金剛?」
「なぁ・・・木喰。」
「む・・・?」
「こいつに・・・・・・・。」

 『心はあったのか?』・・・その問を金剛はとっさに胸の奥にしまい込む。

「・・・何でもねぇよ。」
「妙な奴じゃのぅ。頭でも打ち過ぎたか?」
「うるせぇっ!!」

 不意に金剛は木敷を睨みつけた。

「それよりテメェ。記録はちゃぁんと採ったんだろうなぁ?」
「むぉ?な・・・何のことじゃ?」
「とぼけんなっ!!わざと暴走させて俺を実験台に使ったんだろうがっ!!」
「・・・・うひょひょ。気付いとったんか。」
「俺様を嘗めんなよ。」

 激闘の痕も生々しい、血みどろの顔で詰めよる金剛に、慌てて木喰が弁明する。

「す、すまん。じゃがこれも京極様の為。
 これが量産された暁には華撃団なぞ恐るるに及ばん。じゃから・・・な。」
「・・・・ちっ。」

 軽く舌打ちすると、金剛は木喰に背を向け歩き出した。

「今回は勘弁してやるがな!!今度同じ事してみやがれ、手足バラバラじゃ済まさねぇぞっ!!」
「ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 背中越しに木喰を一喝した後、一瞬不空の残骸に視線を送る。

(・・・またいい喧嘩しようぜ。あばよ・・・・・兄弟。)



 ・・・その後。
 幾つかの技術的な資産は残したものの、降魔兵器の完成によって、この計画は再び闇の中に消えることとなる。
 それについて金剛がどう思ったのかは定かではない。
 だが、降魔兵器が完成しても尚、彼は『黄童子』と呼ばれる機械人形達と共に戦場に立ち続けた。
 その最期の一瞬まで・・・。

(完)

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