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男性は女性から送られた花束に心の鈴を鳴らす。 花の妖精ミューゲは花の香りを引き連れて一年に一度だけキューピッドとなる……。 巴里の空は桜色の春の衣を纏っていた。 太陽の温かな光に背中を押されるようにして人々は少しづつ上に羽織っていた衣を脱いでいく。 それはまるで童話の『太陽と風』のような光景だ。 「ふふんふふーふーふーふふーん。」 そんな陽気の中をシーは鼻歌を口ずさみながら歩いていた。 モンマントルの丘に架かるなだらかな階段を軽いステップで上っていく。 階段の最上段付近まで上ると甘い香りがシーの鼻腔をくすぐった。 彼女の目の前にはそう、七色に飾られたフラワーショップが見えていた……。 SS『誰が為に鈴は鳴る』 店の前では温かな陽射しの中、如雨露を片手に鉢植えの花に水を差している一人の女性の姿があった。 色とりどりな花達に囲まれている姿は小人達に慕われた白雪姫のようでもある。 それだけ花達にとけ込んでいるように見えるという事だろう。 一片の違和感も感じられない。 彼女の名はコレット。テアトル・シャノワールやブルーメール邸御用達の花屋の看板娘である。 だが彼女はただの看板娘ではとどまらなかった。 彼女のフラワーコーディネーターとしての手腕は巴里の中でも群を抜いていた。 だからこそ巴里に名だたるこれらの場所に花を収める事が出来るのだ。 「あら、シーさん、いらっしゃい。」 周りの花に負けず劣らずのにこやかな笑顔をシーに向ける。 彼女の笑顔には人の心を和やかにさせるものが含まれているらしい。 この笑顔に魅せられて足を運ぶ客もいるだろう。 「こんにちわー。コレットさん。」 「ふふ、今日はどんなご用件かしら?」 「えーっとですね。一週間前にお願いしていた今度のレビュー用の花を受け取りに来たんですけどー。」 のんびりとした口調で用件を言うシー。 「ええ、ご注文の要求にあうような花を揃えておいたわ。はい、これが今回のリストよ。」 「はい、確かにお受け取りしました!代金はいつものようにまとめて月末にお願いしますねー。」 リストを手渡すとコレットは注文の花束を持って来ようと店の奥へと入っていった。 数歩歩いたところで思い出したかのようにクルッとシーの方へと振り返る。 「あら?そういえば今日はシーさん、一人だけなのかしら?」 「はい、そうなんですよー。メルは仕事があるから一緒に行けないってー。」 そうするとコレットは人差し指を形の良いあごに当て、少し考える素振りを見せた。 「そうなの……。でも今回の花束は少し量があるからもう一人誰かを連れて来たほうがいいんじゃないかしら?」 「そういえば、リストの一覧でも結構な量が書かれてますねー。」 コレットがすうっと店の奥の方に置いてある花束と花篭を指差す。 確かに一人で持って帰るには多少量があるようだ。 「それじゃあ持って帰れそうな花だけとりあえず持って行きますね。えーと……何があるだろ?」 そう呟くと花束とリストを見比べながら持って帰れそうな花を選ぶ。 バラやユリ、その他様々な花達がリストには並べられている。 その中にひときわ小さく、そして可愛らしいまるで白い鈴のような花も添えられていた。 「あはっ!この花はスズランですねー!」 「今月は『ミューゲの祭日』があったでしょう?それでスズランを使ってステージをアレンジしようと思ったのよ。」 するとシーは首を傾げて、 「えーっとぉ。コレットさん、その『ミューゲの祭日』ってなんですか?」 と尋ねる。 その首を傾げる仕草の可愛らしさにコレットは微笑みつつ答えるのであった。 「ええ、まず……ミューゲというのはスズランの妖精の名前ね。北欧の神話なんだけど、スズランは春を表す花と言われていて、ちょうど春半ばの5月1日をスズランの日として『ミューゲの祭日』と呼んでいるのよ。ちなみにフランスでスズランは『5月のミューゲ』っていう愛称があるのよ。」 ゆっくりとした口調ではあるが立て板に水のように説明するコレットに対しシーは目を爛々と輝かせながら、 「うわーっ!コレットさん、物知りさんですねー!」 「ふふ、そんな事ないわ。だって私、花屋ですもの。」 コレットは手で口元を隠しながらそうおどけるのであった。 そのあと、いつもの優しい笑顔に表情を戻すと、 「そうだ、シーさん。シーさんにはもちろん好きな人がいる……わよね?」 「ひゃっ?!な、何ですかぁ、唐突にー!」 と、突拍子もない事を突拍子もないタイミングでそう尋ねられたシーは顔を真っ赤にしていた。 その表情の変化を眺めながらコレットはクスクスと微笑んでいる。 「あら、ごめんなさいね。……でもその様子だと……ね?」 「ぷぅー。もー、コレットさんったらー。」 プウッとほっぺたを膨らませて抗議の声を上げる。 しかしその声色は照れ隠しのように感じられた。 「でね?スズランの花言葉を知っているかしら?」 少し間を取り、シーの答えがないことを確認してから再び話し始める。 「……スズランの花言葉は『幸福が訪れる』。スズランの花はその真っ白な花弁の色から無垢の象徴として聖母マリア様の花とされていたらしいわ。無垢の象徴ということからよく結婚式のブーケにも使われるわね。……聖母の祝福ということからそんな花言葉がついたのかしらね?」 「へぇー。ちっちゃくて可愛らしい花にお似合いの花言葉ですねー。」 シーはスズランの真っ白くて小さな鈴を指でチョンと揺らす。 スズランの鈴を揺らす様子にリーンという鈴の音が聞こえてきそうだ。 「『ミューゲの祭日』にはスズランを女性から男性に贈る風習があるのよ。相手の男性に幸せになって欲しいって願いを込めると二人に幸福が訪れるって。」 コレットの瞳に優しさが増す。 聖母マリアの眼差しのようだと例えればよいのであろうか。 「もちろん『ミューズの祭日』に限らずね……スズランを贈るという事はそういう意味を持っているのよ。」 スズランの花束を一房優しく掴み、そっとシーの手のひらに渡す。 「シーさんも好きな人にスズランの花を贈ってみたらどうかしら?きっとスズランの妖精が二人に幸せを運んでくれるはずだから……。」 シーの手のひらに包まれたスズランの花はシーの心にリンと鈴の音を鳴らした。 ニコッと微笑むとシーは、 「コレットさん!ちょっと待ってて下さいねー!」 そう言い残すと花屋を飛び出し、モンマントルの丘に架かる階段を駆けていくのであった。 そして時計の針が四半回転ほどした頃だろうか。 花屋の外から石畳を蹴る2つの足音が聞こえてきた。 「い、痛いよ、シーくん!」 「いいから早く早く!早くしないとお日様が暮れちゃいますよ、大神さん!」 どうやら先ほど飛び出していったシーと大神のようだ。 「こんにちわ、コレットさん!」 「ど、どうも、コレットさん。」 「はい、いらっしゃいませ。シーさん、大神さん。」 ニコリと笑顔を迎えて二人を出迎えるコレット。 「注文しておいた花を取りに来ましたー!」 「えっ?!そういう用だったら無理に引っ張ってこなくてもちゃんと来たのに。」 「違いますよ、大神さん。『善は急げ』って言うじゃないですか!」 「………………?」 シーの一歩進んだ発言に着いてこれていないようで頬をかきながら苦笑いを浮かべている大神。 そんな大神の表情を眺めながら楽しそうにしているコレット。 「じゃあコレットさん。お花、頂けますか?」 「はい、それじゃあちょっとお待ちくださいね。」 コレットは店の奥に置いてあるスズランの花をシーに手渡した。 スズランを受け取ったシーは一旦深呼吸をしてから、大神の方向へと振り向いた。 「……はい、大神さん。……受け取って……頂けますか?」 「ああ、ありがとう、シーくん。……へぇ〜、鈴蘭か〜、ちっちゃくて奇麗な花だね。」 顔を真っ赤に染めているシーにも気付かずに他愛もない感想を漏らす大神。 その大神の表情を見て、フウッとシーは一つため息をつくのであった。 店の奥から持ってきた大量の花束を大神に一片に渡す。 「ふう、もういいですよぅ、大神さんってば……。さあ、大神さん!いっぱい運ぶ花束があるんですからチャキチャキと運んで下さいね!」 「いいっ?!こ、こんなにいっぺんに持てないよ!」 「あははっ!さあ行きますよぉ!」 やっとの事で花束を抱えている大神の背を両手で押しながら店の外へと出て行く。 店を出る間際、シーはクルッと振り向き、 「コレットさん、ありがとうございましたぁ!」 と明るい声を振りまいて出ていったのであった。 確かに日は長くなってはいたが、あっという間に日は暮れているものだ。 モンマントルの丘の花屋のシャッターは既に下り、Closeの看板がかかっていた。 あなたもこの丘の花屋にいらっしゃいませんか? 色とりどりの花達と看板娘の笑顔があなたを迎えてくれます。 花達はたくさんの言葉を秘めて、あなたに語りかけてくれます。 そう、心にリンと鈴を鳴らしたスズランのように……。 <<了>> |
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