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花の都・巴里。 空は引き込まれそうな水色が広がり、燦燦と輝く太陽がひとつのアクセントとなっていた。 季節はもう6月、夏の入り口だとあらためて感じさせてくれるような天気であった。 広場では子供達の楽しそうなはしゃぎ声が響いている。 大人達は大人達でカップルとなり今日一日をどのように楽しもうかと相談していた。 そう、今日は日曜日。 日曜日は巴里の人々にとって神に祈りを捧げる日という意味合いと共に生きる喜びを味わう日でもあるのだ……。 SS「心は紫陽花のように」 まだ午前中だというのに肌が焼けるような陽射しが大神を照らしていた。 今日は珍しく日曜日に合わせ、シャノワールも休みとなっていた。 その折角の休日に大神はというとアパートの花壇の花に如雨露で水をまいているのであった。 どうやら休みでも働いていないと落ち着かないらしい。 まだ6月というのに日焼けをするにはまだ早い。 なるべく日陰に入りながら水をまいている大神なのであった。 花達は気持ち良さそうに水を浴びている。 大神が一度如雨露から流れ落ちる水を止める。 そうすると花の花弁から玉のような雫がゆっくりと地面へと零れ落ちた。 この暑い陽射しの中、一風の清涼感を味わせてくれる光景である。 「そういえばもう今頃は梅雨なんだよな……。」 大神は花に滴る水滴を見て、日本の梅雨を思い出していた。 日本にいた頃は鬱陶しく感じていた梅雨だが、いざ離れてみると思いのほか懐かしさを感じる。 梅雨も日本の四季の彩りや風情を感じさせていてくれたのだなと大神は思うのであった。 「やっほ〜!大神さ〜ん!」 そんな事を考えていた大神に自分を呼ぶ黄色い声が聞こえた。 その声の主の女性はタッタッタッと石畳にリズム良い足音を響かせ、大神に駆け寄ってきた。 「やあ、シーくん。おはよう。」 「おはようございます!大神さ〜ん!」 大神の挨拶に元気良く、そして少しおっとりとした返事を返すシー。 返事を返した後に後ろを振り向き、手のひらを上下に振って誰かを呼ぶ仕草をする。 「ほらほら、メル〜!早くおいでってば〜!」 手のひらをフリフリさせている先には駆け足でこちらに向かってくるメルの姿があった。 大神達の元に辿りつくとゆっくりと呼吸を整えるメル。 「も、もう、シーったら……。そんなに急がなくてもいいじゃない……。」 「えへへ。ごめんね〜メル〜。」 と、ペロッと可愛く舌を出しながらメルに謝るシーなのであった。 メルは可愛い妹を眺めるような表情をしながら微笑むのであった。 それにしても今日のシーはいつも以上に明るい表情を浮かべているように思えた。 「どうしたんだい?今日は何だかいつもより楽しそうに見えるよ。」 「あはっ!そう見えますか?実はですね〜、今日はお休みを貰ったんですよ!ね〜、メル!」 「そうなんですよ。支配人がたまの休日ぐらいデートの一つでもしてこいって。」 「だから今日はあたし、メルとデートしちゃおうかな〜って。」 シーはメルの腕に自分の腕を絡ませてそう言うのであった。 「それで今日はどこに行こうかとブランチがてらカフェで相談しようとしてたんです。」 「ああ、だから今日はいつものメイド服じゃなくて私服なんだね。」 今日の二人はシャノアールで着ているメイド服ではなくいかにも巴里を感じさせるような洋服を着ていた。 二人を見つつ、あらためて大神は『パリジェンヌ』のセンスの良さを感じてしまったようだ。 「そしたら大神さんがお仕事している姿を見つけたってわけなんですよ。休みの日までお仕事なんて大変ですね〜。」 どうやらシーは大神が花壇に水をやっている姿を見て、そう思ったのだろう。 そんなにあくせく働いているように見えるのかなと思わず苦笑しつつも大神は、 「ははは。ただ花壇に水をあげていただけだよ。俺がコレットさんの花屋で買ってきた花を植えさせてもらっているものでね。」 「えっ!どの花ですか?!」 「ああ、この少し紫がかった水色と白い色の花だよ。」 そういうと大神は花壇の隅の方に植えられていたとある花を指差した。 その花は日本でも良く知られている梅雨の花、紫陽花(あじさい)であった。 メルはその可憐な花弁を見て、小さいながら感嘆の声を上げる。 「紫陽花ですか、綺麗ですね……。大神さんがここまで育てたんですか?」 「……実は買ったときに育て方をコレットさんに教わったんだけどね。」 と大神は照れ隠しに頭に手をやるのであった。 そう、日本原産の紫陽花はここ巴里でも手に入る花である。 昔、オランダの医者・シーボルトが長崎の出島に滞在していた際に紫陽花の種を自国へと送っていたそうだ。 現在では色々と品種改良をされ、その分布は欧州中に広がりを見せているそうである。 「俺もこの花をコレットさんのところで見かけたときビックリしたよ。まさかここ巴里で日本の花にお目にかかれるなんてね。」 「ふふ、それは確かにビックリしますよね。わたしも日本で巴里の花を見つけたら、多分ビックリしますもの。」 大神がそれに対してさも驚いたような表情を見せる。 メルもその大神の表情を見て、クスクスと笑い出すのであった。 その二人の様子をシーは嬉しそうに眺めていた。 「あはは!もう大神さんもメルもすっかり仲良しさんになったみたいですね!良かった良かった!」 「と、突然、何を言うのよ!シー!」 頬を朱に染めながらシーに声を上げるメル。 そんなメルを横目にしながらまるで太陽のような明るさで無邪気に笑いながら言葉を繋ぐシー。 「でも本当にメルったら変わったよね。前から比べて大神さんと話すときの態度がソフトになったみたい。」 「……もう、シーったら……。」 顔を真っ赤にしたままいつもの冷静さとはほど遠い表情をしているメルなのであった。 シーはカフェの方に走り出しながらポケットから取り出した懐中時計をメルの方に指し示しながら、 「ほら、メル!早くしないとお日様が暮れちゃうよ!カフェに行こ!」 と先ほどとは打って変わって急かすような口調でメルを促す。 メルはそんなシーを見ながら軽いため息をつくのであった。 それはまるでコロコロと表情の変わるネコに対する親愛のため息のようだった。 「わかったわ、すぐに行くから!……それじゃあ大神さん、これで失礼します。」 「ああ、メルくん。休日を楽しんでおいでよ。」 そういうとメルはシーの元に向かうのであった。 が、メルは1〜2歩ぐらい歩を進めると立ち止まると大神の方へと振り向いた。 「大神さん……。」 急に声のトーンを落とし、神妙な面持ちとなるメル。 「……メルくん?」 「あっ……ごめんなさい、大神さん……。」 メルは少し俯きながら胸の前に両手をあてる。 その様子は晴れ渡った空とは対照的に暗く沈んでいるかのように見える。 「さっきシーがわたしは変わったって言ってましたよね?……わたしって自分で言うのも可笑しいかもしれませんけど、人見知りで……そして人に頼ることができなくて……。」 「………………。」 「前にも大神さんに屋根裏部屋で荷物を運ぼうとしていたときに手伝っていただきましたよね?あのときも素直に大神さんに答えることができませんでした……。本当ならあの態度はないですよね、せっかく手伝っていただけると仰っているのに……。」 「メルくん……。」 「前からわかっていたんです。本当はこんな自分を変えたかったんです。駄目ですよね……わたし……。」 そういうと少し顔を上げながら大神を見つめるメル。 「でも大神さんやシーのお陰で……わたし、少しは変われたんじゃないかなと思うんです……。」 メルは花壇の前にしゃがみ込み、優しい手つきで紫陽花の花弁を撫でる。 触った花弁にたまっていた滴がメルの手のひらにポタリと落ちる。 「紫陽花の花言葉って大神さんはご存じですか?」 「えっ、紫陽花の花言葉かい……?」 「はい。紫陽花の花言葉は『移り変わる心』って言うんです。紫陽花が環境によって七色に花弁の色が変わる事からついた花言葉らしいんです……。」 手に落ちた滴を花の中央に戻し、しゃがみ込んだまま再び目線を大神に戻す。 「心が移り変わる事ってこの紫陽花の花の色が移り変わっていくように本当は自然な事なんですよね。心は周りの人達や環境……自分だけで無理に変えるものじゃないのかなって……。」 「………………。」 「大神さんはシー、そして花組の皆さんがわたしの心を変えてくれました……。わたしも……この紫陽花の花と同じようになれたかな……。」 メルは立ち上がり、大神に対して優しげな微笑みを向ける。 「……ありがとうございました……大神さん……。」 その微笑みはまるで沢山の太陽の光を浴びて輝く紫陽花の花のように見えるのであった。 少なくとも大神にはその微笑みの色は七色に見えているのであった……。 話の内容を知ってか知らずか、その様子を少し離れたところから見ていたシーは大きく手を振りながらメルに呼びかけていた。 「む〜!メル〜!早くおいでよ〜!」 いかにも待ちくたびれた様子を見せるシーに対してクスクスと声を出して笑うメルなのであった。 「うふふ、もうシーったら。……それじゃあ大神さん、行きますね。」 「ああ。じゃあね、メルくん。」 シーの元へ走っていくメル。 ようやく来たメルに対してシーはプンプンしながら怒っているようだがやがて機嫌を直したようにメルの腕に絡みつくのであった。 日本の梅雨とは対照的に晴れ渡る巴里の青空。 メルもシーも心の天気はこの巴里の空のように晴れ渡っていることであろう。 「今日も暑くなりそうだな……。」 そう呟きながら大神は如雨露に水を汲み、再び花壇の紫陽花に水をまき始めるのであった。 如雨露の水は空中で広がりながら綺麗な虹を作り出している。 そう、それは紫陽花の色……。 <<了>> |
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