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それは何でもない普通の日。
それが故にもっとも平和というものを感じる事の出来る日。
でも……。



SS「二つの平和」



既にこの地での戦いも終焉を迎え、人々はひとときの平和を謳歌していた。
あれ以来、帝国華撃団も完全休業となり、その代わりに帝国歌劇団がフル回転といった感じだ。
帝都の夏は秋に追いやられ、落ち葉が石畳を支配する季節となっている。
枯葉が降りしきる帝都はどこか物悲しくも感じられる。
でも落ち葉の真っ赤な色は生命の色。
春に備えて、再びエネルギーを溜め込もうとする木々が垣間見せる生命の色。
帝都の木々は春に向けて、衣替えをし始めていたのであった。

「ふう……。」

いくら落ち葉がその様な存在であっても、量が積もれば人が歩くには不都合である。
彼女、真宮寺さくらは今度の公演の練習の合間に時間を見つけて落ち葉掃除をしていた。
さくらは竹箒を実の手のように動かして帝劇の玄関前に積もりつつある落ち葉を掃いている。
秋空の太陽はさくらに対し柔らかな陽射しを降り注ぎつづけている。
さくらは散り行く落ち葉を眺めながら竹箒を動かす手を止め、ひとつため息をついた。
変わりやすいものの例えとして女心と秋の空がある。
だが秋の空はいざ知らず、今のさくらの心の想いはおそらく変わりようもないであろう。
さくらが再び竹箒を動かそうとしたとき、花の甘い匂いが漂ってきた。

「あれ……。この香りは……金木犀?」

そう、その香りは金木犀。
秋の香りとして運ばれてきた金木犀の甘い香りであった。
そのとき、背後からさくらを呼ぶ声が聞こえた……。



…………………………………………………………………………………………………………



「……落ち葉の掃除かい?さくらくん。」

聞き慣れた暖かさを感じさせる男性の声。
さくらが後ろを振り向くとそこには……、

「あっ、大神さん。ええ、歩道に落ち葉がたまっていたもので掃除をしていたんですよ。」

さくらが振り向くとそこには大神が立っていた。
この秋空の寒気に備えたのか大神の首にはマフラーが巻かれている。

「大神さんはどこかにお出かけだったんですか?」
「うん、いつもの支配人のお使いだよ。……ほら。」

と言うと大神は手に持っていた日本酒の瓶を片手で軽く掲げた。
大神の苦笑い顔にさくらはクスっと微笑むのであった。

「それよりさくらくん、俺も掃き掃除を手伝うよ。一人じゃ大変だろう?」
「……いいんですか、大神さん?」
「もちろんだよ、さくらくん。」
「それじゃあ、お願いしちゃいますね!待っててください!今、竹箒を持ってきますから!」

そういうと先ほどのため息はどこへ行ったのか、パッと明るい表情となる。
そしてさくらはステップも軽やかに竹箒のある納屋の方に向かって走っていくのであった。



さくらと大神は竹箒を動かし、歩道を埋め尽くしている落ち葉を中央に集めていく。
十数分か後には紅葉色に染まっていた石畳がだいぶ本来の石の色を取り戻していった。

「今年は落ち葉の散る速度がいつもより早いんじゃないでしょかね?去年よりかなり量があるような気がしますよ。」
「今年は夏と秋の寒暖の差が大きいかったからじゃないのかな?季節の変わり方によって落ち葉の量も毎年違うからね。」
「でもあたしは毎年そうなんですけど、落ち葉が多いと嬉しいんですよね。」
「えっ、どうしてなんだい?」

さくらは竹箒を逆さまにして、地面をトンと突く。
そして少し頬を朱に染め、子供っぽく掃かれて山と詰まれた落ち葉を指差しながら、

「……笑わないでくださいね。だって落ち葉が多いと……焼きイモがたくさん焼けるじゃないですか……。」

……プッ!
思わず大神の口元から笑いが漏れてしまう。

「もう!大神さんったら!笑わないでくださいねって言ったじゃないですか〜!」
「ゴ、ゴメンゴメン!さくらくんの話し方が可愛かったんでつい……!」
「ダメです!許しませんから!」

さくらは両腕を組み、そっぽを向いて怒った素振りを見せる。
大神はというと頬を人差し指で掻きつつ、弱りきった顔をしているのであった。
どう声をかけようかと迷っている大神に対しさくらは急にクスクスと笑い始めた。

「フフフフフッ。」
「さくらくん?」

さくらが大神の方へと振り返ると、さっきとは打って変わって本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「……こういうのをきっと平和っていうんでしょうね。こうやって他愛もないおしゃべりをして、怒ったり、笑ったり……。」
「……そうかもしれないね。何でもない普通の事ができるのは……平和だっていう証拠なのかもしれないね。」

大神は心から感じた事を言葉にしてさくらに答える。
普通の生活、普通の会話、普通の恋。
普通だからこそ感じることの出来るのが平和なのではないだろうか。

「……クシュン!」

冷え込んできたのであろうか、さくらは少し寒さを覚えた。
くしゃみをしたのと数瞬遅れて、柔らかく暖かな感触がさくらの首を包んだ。

「……大神さん。」

以前、さくらが大神にプレゼントしたマフラー。
大神は自分のしていたマフラーをさくらの首に巻いたのであった。

「風邪引くよ、さくらくん。」
「……ありがとうございます。」

さくらはマフラーに手を当て、心底からそのぬくもりを感じる。

「平和って……いいですよね……。」

そしてニコっと微笑み、帝劇の玄関の方へと小走りで向かう。

「ねえ、大神さん!折角ですからこの落ち葉で焼きイモを作りましょうよ!確か厨房においももありましたし!」
「そうだね、みんなも呼んできてやろうか。」
「はいっ!」

玄関に竹箒を立て掛け、ノブに手をかけて扉を開こうとしたそのときだった。
また先ほどと同じように金木犀の甘い香りがさくらの鼻腔をくすぐる。

「……さくら……。」

後ろからはさくらを呼ぶ声が聞こえる……。



…………………………………………………………………………………………………………



「何ですか、大神さ……ん……?」
「……大神くんって……どうしたの、さくら?」

さくらの後ろに立っていたのは大神ではなく……。

「か、かえでさん……!?」

後ろに立っていたのは大神ではなく、かえでであった。
さくらの手には確か玄関に立て掛けた竹箒が未だ収まっている。
さくらは愕然とした面持ちでかえでの声を聞いていた。
……今は太正15年の秋。
大神はこの年の春、欧州においての新部隊設立の為に遥か遠い巴里へと旅立っていた。
もうこの日本にはいるはずがないなのだから。
ならばさくらが見ていたのは一体何だったのだろうか?
さくらの周りには金木犀の秋の香りの名残がまだ漂っていた。
香りにはその香りにちなんだ人の記憶を引き出す力があるという。
金木犀のように香りが強く、印象に残りやすい香りならなおさらだ。
そう、さくらがほんの一瞬の間に見ていたのは過去の秋の記憶。
金木犀が見せてくれたのは、昔過ごした大神とのつかの間の平和……。

「……さくら?」
「……かえでさん。……今はもう平和なんですよね?……本当に幸せな事なんですよね?」

かえでが見たのはさくらの涙。
すうっと頬を伝うひとすじの涙は心が流した偽りのない涙。

「……でも……どうしてだろう……何で……涙が出てくるんだろう……?みんなが心から望んだ平和には……かわりはない……はずなのに……。」

さくらの涙と共に落ち葉も途切れる事なく降り続く。
確かにさくらの周りに存在する二つの平和。
だが今はさくらに片一方の顔だけしか見せてはくれない……。



<<了>>




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