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太正15年のある日の事である。
その日の帝都は雲一つない青空の中、太陽の温かい陽射しに包まれていた。
草木は目を覚まし、思い思いに可憐な顔を見せ始めている。
それらを祝うかのように小鳥達が一斉に喜びの歌をさえずりながら空を舞っていた。
そう、季節は春。
喜びの春は一年の時を経て再び巡り、太正の御世に微笑みをもたらすのであった……。



SS「天使の花」



それはある晴れた春の日の昼下がりの事。
かすみ、由里、椿の三人は帝劇から少し離れたところにある川辺の土手でくつろいでいた。
三人は草むらにシートをひいて、気持ち良さそうにひなたぼっこをしている。
その傍にはランチボックスと水筒が置かれている。
いわゆるピクニックというやつである。
事の発案は椿であった。
どうやら椿はこの春の陽気を肌に感じて、いてもたってもいられなくなったようである。

「こんな天気のいい日に中でじっとしているなんて勿体無いですよ!どうせなら外でお昼ご飯を食べませんか?みんなでお弁当を作って!」

その椿の提案に由里は間髪入れずに同意。
かすみも「しょうがないわね」という表情を浮かべながらもどこか嬉しそうな顔をしていた。
というわけで彼女らは昼休みの時間を利用して、この川辺に来ていたのであった。



ふわっとした柔らかな風が青々とした草を揺らす。
草はサワサワと心地よい音を立てながら首を左右へと振った。
その風は草と一緒にとかすみの太陽の光を浴びて輝いている髪もなびかせていた。
風に舞うかすみの髪はまるで風自体が形になったかのように見えた。
食事を終えた三人はそれぞれ思い思いに春の味を楽しんでいた。
椿は草の絨毯の上にうつ伏せに寝転がりながら、可憐な草花を眺めている。
由里は春の陽気に身を委ねながら、持ってきていた流行雑誌に目を通している。
そしてかすみはその身に涼やかな風を感じながら、春を満喫していた。

「ふう……。」

かすみはその風の心地よさに思わずため息をついてしまっていた。
自分の周りをたゆたう風はまるでゆったりと流れている時間のように感じる事ができる。



……だが必要以上に時を長く感じてしまうときの辛さもあるのだ。
大神が巴里に旅立ってからまだ数週間しか経ってはいない。
恐らく大神は巴里へと向かう船上で長き時間を費やしているのであろう。
まだかすみの心にはポカンと穴が開いているかのような感じが残っていた。
たぶんそれはかすみ一人だけではなく帝劇の人々の誰もが感じていた感覚ではないだろうか?
だが今のかすみには大神を待つ事しか出来ない。
今はただ、大神が無事に帰って来てくれる事を願うしかないのであった……。



ポカポカと照っている太陽の光は人を眠りの世界へと誘うような特性を持っているようだ。
しばらくしてかすみがその誘いによってウトウトとし始めたときの事だった。
閉じられつつあった視界の中をすっと何か白いものが通過していった。
それはまるで妖精のようにその身を風に舞わせながら漂っていた。
よく見てみるとそれは綿のようなものが飛んでいるのであった。

「………………?」

かすみが辺りを見まわすと新緑のキャンパスに太陽の暖かな色を散らしたようなタンポポがあちらこちらから顔を覗かせていた。
その中に雪を落としたかのように真っ白な綿毛のタンポポがいくつかまじっていた。
そう、かすみが見たものはフワフワと風に浮かぶ綿毛だったのだ。

「あら?こんな時期に綿毛のタンポポなんて珍しいですね?」

かすみの不思議そうな表情を見て、由里も綿毛のタンポポの存在に気付いたようだ。
確かにタンポポが綿毛になるのはもう少し月が経ってからである。
由里はそれに興味を持ったらしく、読んでいた雑誌のページの端に折り目をつけて閉じた。
そしてその気の早いタンポポに近寄ってその綿毛にちょんと指先で触れてみる。
綿毛はその振動で首を左右に振り、そのうちの何本かが空へと舞っていった。

「あはっ!そうだ!かすみさん、こんなの知ってますか?」

そういうと由里は嬉しそうな表情を浮かべた。
かすみは誰かに何かを教えるときの由里の表情を見て、由里らしいなと思わず微笑んでしまうのであった。

「かすみさん、何かお願いしたい事はありますか?」
「お願いしたい事?」
「例えば……今度の日曜日のバーゲンでいいものが買えますように!とかですよ。」
「それなら……明日、洗濯物が干せるように天気が晴れになって欲しいとか……そんなのでいいかしら?」

由里はそれを聞いて、クスッと笑うのであった。

「もう、かすみさんったら欲がないんですから。……まあ、かすみさんらしくていいんですけどね。」
「……由里さんの願い事もレベル的にはかすみさんと大して変わってませんよ。」

脇から冷静なツッコミを入れて来たのは椿だったりする。
どうやらかすみと由里の楽しげな雰囲気につられて二人の輪の中に入ってきたらしい。

「で、由里さん。願い事を聞いて、いったい何をやるつもりなんですか?」
「えへへ。二人とも、タンポポの花言葉って知ってます?」

二人とも少し考えるような仕草をしたが由里に答えは返ってこない。
その様子に満足したかのように由里は人差し指を立てて、嬉しそうに先ほどの続きを話し出した。

「タンポポの花言葉は『神託』っていうらしいんですよ。昔、欧州ではタンポポの花を占いに使っていたかららしいんですけどね。今でも欧州の子供達はタンポポの綿毛を使って占いをするそうですよ。」

そういうと由里は風に揺られているタンポポの綿毛にフッと息を吹きかけて、真っ白な綿毛を空に舞わせた。

「こうやって心の中で『叶う、叶わない』って数えながら、全部綿毛が飛んでいくまで繰り返すんですよ。」

由里の息使いに合わせて次々と綿毛は飛んでいく。
その綿毛は遙か彼方へと飛んでゆき、いつしか見えなくなっていった。

「基本的には普通の花びらを使った占いと変わらないんですよね。でも……。」
「でも?何なんですか?」

椿が首を傾げながら、由里に続きを促す。

「でもタンポポの綿毛には神話があって、自分達を新たな場所に運んでくれたお礼に願い事を神様に届けてくれるんですって……。何だか神秘的だと思いません?」

フウッと由里が残り少なくなったタンポポの綿毛に息を吹きかける。
するとその一息で全ての綿毛が新たな生命の息吹くための場所へと飛んでいくのであった。

「まるでタンポポの綿毛が神様の元へと行こうとする天使達みたいね……。」

かすみは空の雲の白さに綿毛が消えゆく様子優しげな瞳で眺めている。
そして自分が素直に心に思い浮かんだ言葉を呟くのであった。

「……天使さん、私のお願いを神様に届けてちょうだいね……。」

かすみはそう言うとフーッと綿毛に息を吹きかける。
そのかすみの風に乗って、綿毛は空高く昇ってゆく。

「かすみさんはどんなお願いをしたんですか?」

かすみが綿毛に息を吹きかける様子を見て、椿が尋ねる。
するとかすみはただ微笑むだけで答えようとしない。

「きっと椿や由里、花組の皆さんや帝劇のみんなの想いと同じだと思うわ……。」
「……あたし達と同じ想い?……ならきっとあの事ですね。それなら由里さんも一緒にやりましょうよ!」
「ふふふ、わかったわ。欧州の神話ですもの、きっとお願い事は巴里にも届くはずですよね……。」

三人は綿毛のタンポポを手に取り、青々とした草むらに座り直す。
そしてタイミングを合わせて息を吹きかけるのであった。

(((大神さんが無事に帰ってきてくれますように……。)))

綿毛の天使達は高々と空へ舞っていく。
天使達は三人の願いを神様に届けるために遙か遠い欧州の地へと飛んでいったのであろうか……。





それは太正15年の春。
大神が帝都に戻ってくるおよそ半年前の話である……。





<<了>>

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