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太正十五年四月十四日、かすみの誕生日。 春の陽気に誘われたかのように帝都も桜色に色づいたような雰囲気を醸し出していた。 だがその雰囲気とは違う空気がそこには流れていた。 場所は大帝国劇場の事務室。 藤井かすみはいつものように書類にペンを走らせていた。 確かに手は動かしてはいる……、しかしペンの描く軌跡はある言葉のみを形成していた。 『大神一郎』と……。 SS「切なる願い」 「ふう……。」 私は再びため息をついた。 これで何回目のため息だろうか? 今日も朝からずっと同じ事を考えていたから……。 大神さんがもうすぐ巴里へ留学してしまう。 その話を聞いたのはほんの何日か前。 米田支配人は突然私達を呼び出し、この事を告げた。 大神さんが私の前からいなくなってしまう……。 いつかこのときが来るのだろうとは思ってはいたのだけれど、いざこのときが来るとさすがにショックを隠せなかった。 みんなの前では表情には出さなかったけど、私はみんなが思っているほど大人ではない。 その夜は涙が止まらなかった。 私は大神さんに密かな想いを抱いている。 大神さんが欧州に旅立つ前にこの想いを伝えたい。 もしかしたら大神さんの心の中には私ではない別の誰かがいるのかもしれない。 例えダメだったとしてもかまわない。 ……後悔はしたくないから。 「………………。」 本当はこの想いを心にしまっておこうと思っていた。 でもあの一言が私に教えてくれた。 大神さんのあの一言が……。 ………………………………………………、 それはある日のこと。 かすみが由里、椿そして大神と事務用品の買い出しに行ったときの帰りのことだった。 「ねえねえ、かすみさん。あそこで結婚式をやってますよ!」 椿が指を指した方向に目線を向けてみると人だかりができている。 そこは帝劇の近くにある教会であった。 「最近の帝都は西洋風の結婚式がはやっているんですって!素敵よね〜!」 由里はみんなに少し興奮ぎみにそのことを教える。 「由里さ〜ん、ちょっと見に行ってみましょうよ!」 「そうね、行ってみましょう!」 由里と椿は走って教会の方に行く。 そんな二人を見てかすみと大神はクスッと笑いながらそのあとをついていくのであった。 そこにはライスシャワーを浴び、眩しいぐらいの笑顔を浮かべている新郎新婦の姿があった。 「奇麗……。」 由里は思わず感嘆の声を上げてしまう。 純白のウェディングドレスに身を包んでいる新婦を見てうっとりとしている由里と椿。 それはかすみとて例外ではない。 その姿を見て想い人の大神と一緒にバージンロードを歩いている姿を目に浮かばせているのであった。 「奇麗だね、かすみくん。」 大神はかすみにそう声をかける。 それに少しドキッしてしまうのであった。 そのとき、新婦が後ろ向きになって手にしていたブーケを自分たちを祝福してくれた女性たちの中にフワリと投げ込んだ。 黄色い声を響かせ、そのブーケが投げられた方向に集まっていく女性たち。 パサッ! だがそのブーケはただ立っていただけのかすみの手の中に収まったのであった。 「ああっ!やりましたね、かすみさん!」 「えっ……?」 由里がかすみに駆け寄り、少し興奮気味に話しかける。 だが当の本人のかすみはどうして新婦はブーケを投げたのか? そしてそのブーケをとった自分が何故喜ばれているのか? その意味もわからずにポカンと立っている。 「もう、かすみさんったらそんなことも知らないんですか!教えてあげますよ!今のはブーケトスといって、受け取った人は幸せが訪れるという言い伝えがあるんですよ。」 「そ、そうなの……。」 「あ〜あ、かすみさんうらやましいな〜。」 椿が本当にうらやましそうな声でそう言う。 かすみはそんな椿の表情を見てクスリを微笑むのであった。 大神は三人の会話を聞きながらかすみに一言、 「よかったね。」 と、言ってくれた。 その何気ない一言と、そのときの大神の表情がかすみの頬を朱色に染めてしまうのであった。 帝劇に戻る道のり。 前の方を歩いている由里と椿は楽しそうにさっきの結婚式のことで盛り上がっている。 その後ろではかすみと大神が並んで歩いているのであった。 大神は両手に事務用品が一杯に詰まった紙袋を持っている。 見るとかなり重そうなのだがさすが男、楽々と持ち運んでいる。 一方かすみは先ほどのブーケをじっと見つめながら歩いている。 (とても奇麗なブーケ……。) ブーケには色とりどりな花が飾られている。 バラ。 白ユリ。 カトレア。 そしてかすみ草……。 バラや白ユリ、そしてカトレアはそれ自体が強い存在感を醸し出している。 それに引き換えかすみ草はおそらくはそれらの花の引き立て役として添えられているのであろう。 (私にそっくり……。) かすみはそのかすみ草の姿に自分を重ね合わせていた。 いつも脇役なその姿に……。 そして決して主役になることの無い自分に……。 大神に自分のこの想いを伝えたい。 でも大神のまわりに咲き誇っている『花』に自分が勝てる自信がなかった。 大神はこんな私を見てくれてはいないのではないか? やはり私はその『花』たちの引き立て役でしかないんだろうか?と。 少し落ち込み気味にブーケを見つめるかすみ。 大神がふとかすみを見てみると様子がおかしい。 それに何かを感じたのか不意に大神がかすみに話しかける。 「ねえ、かすみくん……。」 かすみは大神の顔を見上げる。 その瞳はどこまでも優しい。 「……このブーケを見て思ったんだけど、バラにユリとか確かに奇麗な花があるけれども、それだけじゃあ物足りないと思うんだ。このままだとバラやユリたちが一本一本、自分を主張し合ってしまいまとまりがなくなってしまう。かすみ草はそんな花たちを優しく包み込み、そして一つの素晴らしいブーケとして変身させると思うんだ。そんな『魔法』を持っているかすみ草は本当は一番素敵な花なんじゃないかなぁ。」 「……大神さん。」 かすみの心に暖かいものが広がっていく。 心臓が強い鼓動を鳴らしている。 自分でも頬が上気していくのが手にとるようにわかった。 「俺はこのかすみ草が立派な主役になっていると思うよ。」 「ありがとうございます……。」 ………………………………………………、 大神さんは教えてくれた。 『桜』や『すみれ』のようなみんなのヒロインにはなれなくても『かすみ草』だってヒロインになれるんだと言うことを……。 「……どうしたの、かすみさん?」 由里が心配そうな顔をして私の顔をのぞき込んでいる。 考え事をしながら机に向かっていた私に話しかけてきた。 私は由里に尋ねた。 「由里……、私もヒロインになってもいいのかしら?」 由里は少し驚いた顔をしていたがすぐにいつもの笑顔に戻った。 それは私の心に染み入る親友の優しい笑顔だった。 「もちろんじゃない!大丈夫、自信を持って!」 私は立ち上がり大神さんの部屋に向かう。 由里はそんな私を見てエールを送ってくれた。 「かすみさん、頑張って!」 (私は大神さんのヒロインになりたい。) 私は階段を上り大神さんの部屋の前に来た。 おそらくこの時間は部屋にいるはずだ。 トントン 大神さんの部屋のドアをノックする。 (私のたった一つの誕生日のお願い、これだけはどうしても叶えたいから。) 「……大神さん、いますか?」 すぐに返事が返ってくた。 「はい、ちょっと待ってて!」 そしてドアが開く。 (だから神様……、私に少しだけ勇気をください……。) <<了>> |
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