さよなら・・・のかわりに(前編)
さよなら・・・のかわりに
<前編・過去と未来と>

かたん、ことん
かたん、ことん

帝鉄の中
こういう時期だから仕方ないよね、きっと。


「ねぇ、今日はど〜すんの。」
「え〜、まだなんの予習もできてないんじゃない。」
「そんなことじゃなくて、ね。」


騒がしい小鳥のさえずりに例えられそうな
真新しい袴姿の女学生達の歓喜の声を聞きながら
私はいつもの場所へ行く途中の車窓を眺めてました。


あれほど眩しかった桜の花びらは散って、
その枝々には萌黄色の若葉が彩り始める。
外の風は心地よさを通り過ぎほんの少し暑さを感じる季節。


こんな季節・・・にね。


にこやかに笑顔を作れる自信がいまのところ・・・ない。
でも、今日だけは、ね。



話は少し過去に遡る。

煌びやかな学生生活も終わりを告げようとしていた頃
他の同級生達が新たな進路についてあれこれ話す中
私は新たな道について疑問を持ち始めていました。



「少し、じっくりとお話を創ってみてはいかがですか?」


帝劇、脚本家の先生からそう話を持ち出された時には
正直ショックでした。
これまで数は少ないけれど、少しずつ書いてきた脚本。
実際に舞台にと採用され、その舞台を見ることができた感動。
これから本格的に続けていこうと思っていたから。


だから・・・・・・・・・


ただ、先生はその後にこういう言葉を続けました。


「ね、考えてもみてくださいよ。
あなた、まだまだこれからっていう人ですよ。
私のような立場の人間がこんなことを言うのは
間違いなのかもしれませんけれど。

こんなちっぽけな場で終わらせてしまうつもりですか?

先は長いんですよ。
今すぐに自分の道を決めちゃう必要ないでしょう。
それよりも

将来をどうしたいかまず考えなさい。
それからそこへ行く為にはどうすればいいか。
それを考えてみなさい。

そうしたら
今は何をすべきなのか。
きっとあなたには分かると思いますよ。」


華やかな帝都
憧れていた場所
これからも、ずっと

ここに居ては・・・いけないのかな?

それまではあれほどまでに頻繁に出入りしていた喫茶のアルバイト
なんか悩み始めちゃったら、行く気、なくなっちゃった。


ああ、もうどうしようかな〜って思っていた頃

「あんた、こっちに戻ってくる気ない?
そうそう。
元住んでいた場所で悪いんだけれどねぇ。
ちょっと手を貸して欲しくってねぇ。

帝都でウェイトレスやってたんだろ。
じゃあこの仕事なら大丈夫。」


「だいじょうぶ、っておばさん。
まさか・・・。」
「そうそう、お店開いちゃってね。」

「いつにも増して唐突なんですから。」

「も〜何も考えないで始めちゃったから
何がなんだか分からなくて。
ね、いいだろ。
学校も卒業したんだし。」



でも。

なんかイヤじゃない。
逃げて帰るみたいで。


「あ、そうそう
あんたお話書きになりたいって
言ってたんだったよね。」


う、今あんまりそれを言われたくない・・・


「お客さんあんまりいないところだから
その辺の融通はきくと思うよぉ。

それに。

いい場所だといいものが浮かぶかもしれないし。」






そう言えば
私の産まれたところって
子供の頃を過ごしたところって
どういう場所だったんだろ。


・・・・


う!
思い出せない。


「ま、ちょっとばかし昔とは変わっちゃったかもしれないけど
楽しみに帰っておいで。」

「て、まだ帰るって言ってないじゃない。」

「じゃあ、待ってるからね。」




ギ〜〜〜〜
ガタン

あ、ついたみたい。

そう、喫茶テイゲキへ通う為に
いつも使っていた駅「銀座」


駅のホームを通り過ぎ
いつものように改札口を抜け


そうそう
あの頃ってこういうことも
満足にできなかったのよね。




「あ〜ん、どっちいけばいいの。」

「え?ここどこぉ。」

「あ、あれ。
切符、どこ入れたっけ。」

「あ・・あの。え、え〜〜〜とぉ。」




「ど〜しましたか?」

「すみません。あ、あの
ここ何処ですか?」

「?」

「はは、あなた帝都は初めての方ですか?」


そう、これが初めてマスターに出会った時のことでした。
あの頃はマスター。
まだ帝鉄の職員さんをやってたんです。

あの頃からホント
マスターにはお世話になってばかりでした。
ホント、ひどい話ですけど
帝都に来た頃の私って
切符の買い方も分からなかったし
方向音痴だからホームでよく迷ってたし
改札抜ける時も何度切符さんが行方不明になったことか。

その度にお世話になっていた
優しい帝鉄の職員さん。
そんな印象でした。


で、少しずつですけれど
いろいろとお話できるようになって。
あ、そうそう。
帝都には私
知り合いらしい知り合いもいないし
来たばっかりだったから友達もまだできていなかったし

だから
新しいお友達ができたって
その頃はホント嬉しかったんです。



で、それから数ヶ月経ったある日のこと。


「あの、実は私帝鉄を辞めることにしたんです。」

「え?」

話を実際聞いた時にはショックでした。
ああ、もうここにきても会えないのかなって。

でも、その後まだ続きがありました。

「で、辞めて喫茶を始めようかと思っているんです。」

「喫茶・・・ですか?」

意外?
そんな雰囲気が伝わってしまったのでしょうね。


「あ、笑ってますけれど
これ、ホントの話ですよ。」

「あ、ごめんなさい。」

「で、もしよかったら・・・」



「まだ正式な店員も決まっていないんです。
そこで・・・
ウエイトレスやってみません?」


え゛


「わ、わ、私がウエイトレスですか?」

「そ〜です。
ま、無理にとは言いませんが・・・
でも。

いい勉強になると思いますよ。
それに
ひょっとしたらあなたの帝都の生活が
さらに楽しいものになるかもしれない。」



その時は全然自信がありませんでした。
今まで全くそんな仕事をやってみたことないし
だから迷惑ばかりかけそうだし。


でも・・・

楽しいものかぁ。


そんなちょっとした興味から
引き受けてしまったウエイトレス業。

初めはカップは割るはお皿は落とすは
一緒にウエイトレスを始めたというより
あの方の方が先ですよね。
小梅さんに迷惑ばっかりかけて。

そう言えば一度喧嘩しちゃったこともあったんですけれど。
ま、それはそれということで。


で、どうにかこうにか
ウエイトレス業も板についてきた頃


パコ〜〜ン

「あ!緑さん。なんてことを。」

あちゃぁ〜〜〜
やっちゃった。
とうとう私の悪い癖が・・・


でもなんでか分からなかったんですけれど
その時の「お盆クラッシュ」
妙にお客の皆さんに受けてしまって

技を振るうようになんて
急かされる場面まで出てきちゃって。
そのまま乗せられて技名までパワーアップしてしまって


最後には
「これ、ぜひ使って下さい。」
ってお盆までプレゼントされてしまいました。



なんて思い出していたら
喫茶のウエイトレスって
何だったんだろうって思ってしまうんだけど。
<後編へ続く>
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