さよなら・・・のかわりに(後編)
さよなら・・・のかわりに

<後編・そして、一日の終わり>



カランコロン

「おはようございま〜す。」


「あ、センパイ。おはようございます。」

ペコリ
笑顔の可愛い長髪の少女が頭を下げる。
まだ真新しいウエイトレスの衣装が
それでもぴったり似合っている。

さすが、マスターの目に止まっただけはあるよね。
そう、思う。


「じゃ、今日も始めましょうか?」
「はい、よろしくお願いしまぁす。」


実はもう彼女に教えることはほとんどないんだけれど
最後のチェックだからとマスターに念を押されているから
それにちゃんと従う霧香ちゃんってカワイイし。

あ、いけない。
また悪い癖が・・・。


お盆の持ち方に始まり
カップの運び方
テーブルへ置く時の注意。
そんな細かなマナーを再度確認。

時計はもうすぐ喫茶のオープンを
知らせる鳩の鳴声が聞こえてきそうだから
そう長くは説明していられないんだけれど。

とにかく最終チェックっていう訳で

「ここは、こうね。
「はい、分かりましたぁ。」

なんてやりとりを繰り返す。


彼女、ホント飲み込みが早い。
前にちょっとだけこういった御仕事をやった経験があるって
言ってたから慣れもあるのかもしれないけれど。

もう、喫茶の中で何が何処にあるかってことまで
ちゃあんと覚えているからすごいと思う。

これなら、もう大丈夫・・・よね。

「それじゃ、開店します。
今日も頑張りましょうね。」

「はい!センパイ。」


そう、今日で私は最後だけれど・・・
いつものお店の開店です。



「はぁ、今日もお客さん多いですね。マスター。」

「そうですね。」

そんな会話ができるようになったのは
お昼を過ぎた頃だった。
昼食の時間帯も終わり店内には
お客さんの姿はほとんど見えない。


「え〜〜と、ところで。」

「? なんでしょ。」



「せんぱぁ〜〜〜〜い。
どうしよぅ〜〜。」

「あ、ちょっと失礼しますね。
ど〜したの。」



「え〜〜と。」

「あちゃあ、やっちゃった。」

「どうしよう、マスターにおこられるよぅ。」

「ん、平気平気。
私も昔はこんなことしょっちゅうだったから。」

「え?そうは見えないですよぉ。
すごぉく落ち着いて見えるし。」

「そんなことないよ。
私、これでもいろいろと妙なことをやって
迷惑かけてばかりだったから。」

「そうなのかなぁ。」

「そうだって。
さ、かたづけよ。
ちょちょっとやったらすぐできるから。」

「はい。センパイ。」




「あ、あはは。
ちょっと失敗したみたいです。」

「・・・・・。」

「あ、あの。」

「?」


「さっき、なんか言おうとしてませんでした?」


「・・・いや、別に。」


「そ〜ですか。」




ちょっとタイミング悪かったかな。
でもそう怒っているようにも見えなかったし。
うん、大丈夫ダイジョウブ。


でも、マスター。
何、言いたかったんだろう。



結局そのまま時間は過ぎて
気づいてみればいつもよりちょっと早めの閉店時間。

それからはマスターや霧香ちゃん
小梅さんや常連のお客さんが
私の為にってちょっとした
お別れ会のようなもの開いてくれたんです。


最後の帝都の夜だから
どうせならしんみりじゃなくて
楽しく過ごそうって。


「あ、ところでこれからどうされるんですか?」

「とりあえず、おばさんのお店手伝いながら
お話書きさん続けていこうかと。」

「そうですか。
ま、いろいろと大変かと思いますけれど
頑張って下さいね。」


皆、私の帰郷後のことについては
そう当たりさわりなく
ホント、社交辞令程度の話題に止めてくれて。

(っていうより、これ以上答えようがないから
話題にしようがなかったみたい。)


「じゃ、緑さんの新たな門出の為に
かんぱ〜い!!!」


これ、今日で何回目だろう。
恥ずかしくなりそうだったけれど
でも、嬉しかった・・・。


楽しい夜はあっという間に過ぎるもの。


「もう帰らなくちゃ。」

そんな時間になってしまった。

「帝鉄、終電になっちゃうし。」

「なんだか残念だね。」
「ホント、もう会えなくなるのがさ。」
「また、こっちに来たらここに遊びにきなよ。」
「例の技、見せてもらわないと、、、ね。」

「例の技?
センパイ、それなんですか。」


「「わぁ〜〜〜〜〜〜〜。」」

慌てて話題を止めに入る私とマスター。
周りにどっと笑いが起こる。
一人なんのことやら分からなくて
ぽかんとしている霧香ちゃん。


マスターには
「それだけは絶対教えなくていいから。」
って念押しされているから喋れないもんね。
ど〜しよ。


「まぁ、霧香ちゃんにはまだちょっと早い話だから
もう少ししてから教えてもらいなよ。」
「はい、分かりました。」

誰にってその時につっこみは入らなかったけれど。

って・・・まさか教えるんじゃないでしょうね。
(誰がって言われたら・・・そうそう。
身に覚えのある方、何人かいらっしゃるんじゃないですか?)


笑い声の続く中。
それじゃあ、と喫茶の戸に手をかける。
もう走らないと終電間に合いそうにないし。

「じゃあね、元気でね。」
「明日、12時の汽車だったよね。」
「仕事、抜けられそうだったらお見送りに行くからね。」


「うん、ありがとう。」


カラン


いつもの音。
でも・・・これも今日で最後よね。

戸を開けて外に出て
私はくるっと振り返った。

「みなさん、ホントにお世話になりました。」

ぺこり。
頭を下げて再び上げようとしたその時。



ぶん。



あ、なんか飛んできた。
慌ててその方に手を伸ばす。



え、何これ。

「ナイスキャッチ。」

「マスターこそ、実はめちゃコントロールよかったんですね。
で、ところでこれ、なんです。」

「ん、餞別。」
すぐに必要になるもん。
ま、カタチで分かると思うけど。」


あ、これっか。


「うん、マスターありがとうね。
それじゃ。」



「緑さん、いってらっしゃい。」

「はい。」



〜いってらっしゃい〜
これ、喫茶からお客さんが帰る時にかける言葉。
またきて下さいね、の心をこめてのものだと。
そう教えてもらった時があった。

でも、たぶん
意味ちょっと違うよね。


行ってきます。
そう返事することはできなかったけど。



帰りの帝鉄の中で
私はさっきもらった包みを開けた。
予想通り
彫の入った木製のお盆だった。
丸いからすぐ分かっちゃった。

中にちょっとしたメモのようなものが入っていた。


〜今まで本当にお世話になりました。
あちらでもお元気で。

ちなみに、このお盆で
さらに技を磨くことがないように。

   喫茶テイゲキマスター@フェル〜


もう、やりませんよ〜〜〜〜
あのおばさんの前でそんなことやってたら
何されるか分かんないし。


答えてくれる相手のいない中
独り言のように話す私に
周りにいた人はどう思ったんだろう。

っていうことはその時は何も気にならなかった。
また、ちょっと
さっきまでの賑やかな話し声の雰囲気が
周りに残ったままだったから。

というより残しておこうって思ったのかな。

帝鉄から見える夜の帝都は
今日はいつもよりずっと奇麗だった。
ううん、ホントはこういう夜がこなかったら
この奇麗な夜の光景
気づくことなかったんだろうな。

バイバイ
私の過ごした街。
私は今日の日のこと忘れない。


じゃ、またね。


いつの日か
また訪れる日がくるこの街と
ここで出会った人達全てに


その声は聞こえないけれど
想いは届くと信じて。


(おしまい)
美咲緑さんの目次に戻る
書棚TOPへ
店内へ