月組異聞


1.

 舞台はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。
 絢爛たる輝きの中に立つ彼女の一挙手一投足が、客席を埋めつくした全ての人々を魅了する。
 高く低く・・・。強く優しく・・・。
 劇場の隅々まで染み渡るその声。
 時に優雅で、時に力強いその動き。
 今この瞬間、ここに集った全ての人々は彼女を・・・彼女だけを見つめていた。
 光り輝く舞台を統べる彼女・・・神崎すみれを。

(すみれさん・・・・・・・・・・しまった!?)

 彼女の虜になったのは、この俺も例外ではなかった。
 舞台に見とれ、一瞬気を逸らした隙に『奴』の姿が消えた。
 客席の周囲には・・・いない。

(チッ!やるな・・・。)

 内心舌打ちしながら席を立つ。
 上演中に席を立つという非常識な行動に、周囲から冷たい視線が突き刺さる。
 折角の花組の・・・彼女主演の舞台だ、俺だってゆっくりと楽しみたい。こんないい場面で席を外すような不粋な真似を、誰が好き好んでやるものか!!
 だが・・・。
 舞台を見ることよりも、彼女の姿を見つめることよりも、大切な役目が俺にはある。
 帝撃の『影』としての役割が・・・。

(すみれさん・・・ゴメン!)

 一瞬、未練の篭った視線を舞台に送り、俺は劇場のロビーに出た。
 背後で扉が静かに閉まる。
 『奴』の行き先は判っている。
 俺は迷うことなく歩きはじめた・・・。

2.

 閃光

 暗黒・・・

 再び閃光

 地下格納庫の闇を、小型写真機から放たれた光が切り裂く。
 写真機を操る『奴』の前で、鋼の人型が無防備な姿を晒している。

(『奴』め・・・どうやってここまで入り込みやがった。)

 蒸気トラクターを始祖とする『人型蒸気』。その中でも人の霊力を動力源とするものは、『霊子甲冑』と呼ばれ特に他と区別されている。その『霊子甲冑』の中で、現時点で世界最高、最強の機体。それが帝国華撃団所有の『光武・改』だ。
 基本設計の優秀さに加え、数多の実戦を潜り抜け、改良に改良を重ねた結果、その性能は『究極の霊子甲冑』と呼べるほどに高まっている。一説では世界平均の十年先を行っているとまで言われる程だ。
 それ故、その情報は世界の『裏』側では、天井知らずの高値が付いている。
 当然『奴』のような、フリーランスのスパイもうろつく事になる。
 もっとも、外見だけなら実害はない。今までも新聞等で散々報道されてきたものだ。だが、内部まで見せる訳にはいかない。

「舞台裏で衣装の盗み撮りとは、不粋な奴だなぁ。」
「デテクルコロダト、オモッテマシタ・・・Mr.タカツ。」

 名前を知られているのは問題ではない。『奴』が知っている俺の名前はは偽名だし、俺が知っている『奴』の名前も本物じゃない。
 問題は背後を取った俺の前で、背を向けたまま平然と『奴』は答えた・・・その事実だ。

(何かカードを隠してやがるな・・・。)

 警戒しつつ間合いを詰める俺に、『奴』が声をかけてきた。

「ナゼ、ワタシガココニクルト、ワカッタノデスカ?」
「あんたの趣味に合いそうな服は、ここにしか置いてないからな。」
「ナルホド・・・・・・・・。」
「ははは・・・・・。」
「フフフ・・・・。」

・・・・閃光!!

「!?」

 『奴』の左脇から放たれた光が、俺の網膜を焼く。
 その隙に『奴』が物陰に飛び込む。
 まずいッ!!
 一拍遅れて予備部品の陰に潜みつつ、『奴』の気配を伺う・・・だが。

(気配が・・・無い!?)
《フフフ・・・Mr. タカツ。オサキニシツレイシマスヨ・・・。》

 声はする・・・なのに全く気配がない。
 一ヶ所に留まっている訳でもない。

(完全な穏形!?これが『奴』の能力かッ!!)

 どんなに神経を研ぎ澄ましても、物音どころか呼吸の気配すらない。これ程の能力を持った者にしてみれば、今の俺は何も無い広場のド真ん中に突っ立っている様なものだ。
 ・・・このままでは!!

《フフ・・・イノチダケハタスケテアゲマス。》

 当然、移動の気配は無い。なのに声が遠ざかる。
 『奴』め、嘗めやがって!!
 だが・・・どうすれば。

(落ち着け・・・・。)

 自分に言い聞かせつつ呼吸を整える。
 暗闇を見通す俺の目にも、『奴』の姿は写らない。だが、何か方法はあるはずだ。
 微かな希望を求めて、俺は周囲の闇を見渡した。

 ・・・整備機材・・・燃料タンク・・・予備部品の山・・・光武・改・・・そして。

「そこだッ!!」
「ガッ!?」

3.

 ・・・俺の足元に『奴』が倒れている。
 背中にはナイフが2本、深々と突き刺さっている。
 どうやら急所は外れているようだが、流石に身動きは出来そうもないようだ。

「ナ・・・ナゼ・・・?」

 『奴』の口から微かな声が洩れる。

「ナゼ・・・ワタシノ・・イチガ・・・・・・。」
「・・・ファンだからさ。」

 その意味は『奴』には最後まで解らなかったろう。
 そしてこれからも理解出来ないはずだ。
 人の背丈よりも巨大な長刀。
 磨き抜かれたその刃に一瞬写った己の姿。
 それが完璧な筈の『奴』の秘術を打ち破った事を・・・。

4.

「ごめんなさ〜い。すみれさんの新作ブロマイド、ついさっき売り切れちゃったんです。」

 あとの始末を全て終え劇場に戻った俺に、全身の力が抜けるような言葉が襲いかかる。

(あの野郎・・・止め刺しときゃ良かったかッ!!)
「あの・・・高津さん?」

 全身全霊を振り絞って砕けそうな膝を支える俺に、売店の少女が声をかけてきた。微かに揺れる瞳に、俺に対する気遣いが溢れている。

「あ・・・はは、ごめん椿ちゃん。そっかぁ、売り切れたんじゃぁしょうがないなぁ。」
「本当にごめんなさい・・・。」
「う〜ん・・・そうだ!!
 代わりに今度デートしてくれない?」
「あはっ。やだぁ高津さんったら冗談ばっかり。」
「はっはっはっはっは。」

 他愛ない会話を交わし劇場を後にする。
 疲れ切った体にふと見上げた銀座の空の青さが染みる。
 その時・・・

「いよう!十六夜っ!!青空っていいなぁっ!!」
「うわぁっ!?」

 た、隊長?
 いつもどっから出て来るんだ?この人は。

「なぁんだなんだぁ疲れ切った顔して。太陽に笑われるぞっ!!」
「は・・・はぁ・・・。」
「ふむ・・・。
 よしっ!これをやるから元気を出すんだっ!!」
「は・・はい?」
「アディオーーーーーースッ!!また会おうーーーーーーっ!!」

 我に返ると隊長の姿は既にどこにもなかった。
 俺の手の中に一通の封筒を残して・・・。

(何なんだよ・・・一体。)

 道行く人の視線が痛い。
 目に付いた路地に飛び込み人目を避けると、封筒の中身を・・・見た。

「・・・・・・?・・・・・!!
 隊長ッ!!俺、一生ついて行きますっ!!」

 写真の中で微笑む彼女は、舞台の上と同じく光輝いて見えた。

(完)

まいどぉさんのSS目次へ

書棚TOPへ
メインページへ戻る