・・・つん。 額に触れた指先の感触を、月組隊長加山雄一は冷静に受け止めていた。 ただし、外見だけは・・・ (や、やったぁ〜〜〜〜っ!! 大神ぃ〜〜っ!!これが、これがかえでさんの「でこつん」なんだなっ!? くぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!苦節4年。月組の隊長やってて俺は本っ当に幸せだなぁ〜〜〜〜〜っ!!) もし他に誰もいなければ、サンバでも踊り出しそうな感激が加山の全身を駆け巡る。 しかし・・・ 「・・・そんな!?・・・なぜ!!」 自らの右手を見つめ硬直したかえでの姿に、加山の興奮は急速に冷めてゆく。 (かえでさん?・・・大神!!一体何がどうなってるんだ!?) 内心の疑問を視線に込め大神に問う。それに答え大神は沈痛な表情でゆっくりと首を左右に振る。 (ダメだ・・・加山。 どこがどうとハッキリ言うことは出来ないが・・・。それはいつもの「でこつん」と何かが違う。) (そんなぁ・・・。大神ぃ、お前がいつもやってもらってるのはこれじゃないって言うのかぁ!?) (ああ・・・。俺の時は暖かい何かが流れ込んできていた。 今の「でこつん」にはそれを・・・感じなかった。) (・・・・・・俺のせいか?) (いや、加山じゃないと思う。原因があるとすれば・・・) (かえでさん!?そんなバカなっ!!) 「・・・ちょっと。あんた達なに二人で踊ってるのよ?」 「「え・・・・。」」 目と目の会話が、いつのまにか海軍式手旗信号になっていた大神と加山に、琴音が呆れ顔で声を掛ける。 「「いやぁ。あははははは〜〜〜〜〜〜っ!!」」 思わず笑ってごまかす二人。それを遮るかのようにかえでが叫ぶ。 「琴音さんっ!!」 「なあに?かえでさん。」 「あなた・・・この事を知っていたのね!!」 「ふふっ・・・。私は愛と美の伝導師。 そのくらいの事知ってて当然よ〜〜〜〜ん。」 「・・・・・・・・・・。」 「あ、あのぉ。かえでさん、一体何が?」 「そ・・・それは・・・。」 その大神の問いかけに、かえでではなく琴音が答える。 「大神中尉。かえでさんが「でこつん」を会得するため、秘密の特訓を重ねていたこと、貴兄は知っていたわよねぇ。」 「は、はい・・・。 でも、先日の一件で完璧に会得したはずじゃぁ・・・?」 「そう・・・。外見はね。 だけどかえでさんは、「でこつん」を貴兄以外の人にすることを全く考えていなかった・・・。 その結果、彼女の「でこつん」は大神中尉。貴兄以外に通用しない代物になり果てていたのよっ!!」 ビシッ!! 言い放つや、手にした孔雀の羽根扇でかえでを指す。 「あ・・・ああっ!!」 完璧と信じた技の思わぬ欠点を指摘され、かえではその場に崩れ落ちる。 「かえでさんっ!!」 「気をしっかり持ってっ!!」 思わず駆け寄る大神と加山。それに構わず琴音は言葉を続ける。 「いいこと、かえでさん。貴女は帝撃の副指令。その貴女の「でこつん」は誰か一人の物であってはいけないの。 帝撃に関わる全ての人を優しく、そして暖かく包み込む。 それが貴女の目指さなくてはならない真実の「でこつん」なの。わかるでしょう?」 「はい・・・。琴音さん・・・。 でも・・・これからわたし、一体どうすればいいのか・・・。」 「・・・今の貴女は大切なことを見失っているようね。 いいわ!ついてらっしゃいっ!!貴女に何が欠けているのか、それを見せて差し上げてよっ!!」 そう言い残すと琴音は鍛錬室を出、階段の方向へ向かって歩き出す。 あまりに素早いその動きに、かえで達は慌てて後を追う。 そして、着いた先は・・・ (地下格納庫?こんな所で一体。) そう、琴音が一同を案内したのは光武を納めている、地下の 格納庫だった。 「琴音さん・・・。ここで何が・・・?」 「シッ!!声が大きいわよっ!!・・・見なさい。」 「え・・・あれは。・・・紅蘭?」 格納庫の薄闇の中、紅蘭は一人光武と相対していた。 自らの機体にじっと視線を注ぎ、何事かを語り掛けている。 その光景の纏った、まるで幼い我が子を慈しむ母のような神聖な雰囲気が、物陰からそれを覗き見るかえで達の言葉を奪った。 だが、言葉は無くとも疑問は残る。 「一体、なにをやってるのかしら・・・?」 「そうか!?」 ぽつりと漏らしたかえでの疑問に答えるかのように、大神が小さく抑えた叫びを上げる。 「どうしたの、大神くん?」 「なにか分かったのか!?」 「かえでさん、加山。 紅蘭は光武を自分の子供のように大切に思っています。」 「ええ、そうね。」 「確かに・・・・・。」 「だから、眠る前にああやって一機づつ声を掛けているんですよ!! 光武が寂しがらないように。」 「なるほど!!流石だわ大神くん!!」 「伊達に花組の隊長をやってはいないなッ!!」 「いやぁ、それほどでも。 あははははははははははははははははははははははは。」 隊員の心理を読み切った見事な解釈に、感嘆の思いを隠し切れないかえでと加山。 二人の尊敬の眼差しを受け、照れ隠しに締まりのない笑顔を浮かべる大神。 その姿に溜息をつきながら、琴音は大神の答えを一言のもとに否定した。 「はぁ・・・・・・・。 よく御覧なさい、あれがそんな生易しいものである筈がないでしょう。」 「えっ!?」 言われてよく見はしたものの、多少の身振りが加わった以外、紅蘭にこれと言った変化はない。琴音が言うように『生易しくない』理由など、どこにも見あたらない。 『何か別の意味があるんですか?』 そう、大神が反論しようとしたまさにその時!! 『それ』は起こったッ!! 「ええかげんにしなさいッ!!」 ビシィッ!! 物陰に隠れたかえで達にもはっきりと聞き分けられる、気合いの入った良く通る声と共に、紅蘭が右手の甲を光武の機体に叩きつける!! それは見事な迄に完璧で美しい『ツッコミ』だった!! 「あ・・・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 かえでの全身に衝撃が走る。 良く目を凝らして見れば、紅蘭の手が当たった部分の光武の装甲は、気付かない程僅かではあるが確かに歪み窪んでいる。 一体何万回の『ツッコミ』がそれを可能にするのか、想像しただけで気が遠くなるような、圧倒的な迫力を持った摩耗跡。 水滴が巨岩を穿つかのような地道な繰り返し。 だが、それこそが、紅蘭の日々の笑いを支えているのだ!! 「わたし・・・わたし・・・・・。」 「どうやら、気がついたようね。自分に欠けていたものに。」 目を見開き、呆然と立ち尽くすかえでに琴音が掛けた声。 その意味が今のかえでには痛い程良く解る。 「はい・・・・・・・琴音さん。 わたし、『でこつん』ができた事で満足してしまっていました・・・。 でも、できたと言っても形を真似ただけだったんですね。 本当に自分のものにする為には毎日の習練が不可欠なのは、『でこつん』も他のものも一緒なのに・・・。 それを・・・それを忘れてしまうなんてッ!! わたしは副指令失格だわッ!!」 天を仰ぎ慟哭するかえでの前に、そっと手を差し伸べられる琴音の右手。 「かえでさん、貴女は忘れていた大切なものを思い出した。 それさえ失わなければ、技を磨くのはこれからでも決して遅くはないわ。 そうでしょう?」 「琴音さん・・・。」 後悔にひび割れた心を包み込むような、雄大な靭さと優しさを秘めた微笑み。 それに誘われるかのように、差し出された右手を両手で掴み、かえでは叫んだ、心のままに。 「琴音さん、いいえ・・・先生ッ!! 是非ともわたしに真の『愛と美のでこつん』をお教え下さいッ!!」 「・・・・・・フッ。私の修行は厳しくてよ。」 「望むところですッ!!」 「いいわ、教えて・あ・げ・る♪ 但し、一つだけ条件があるの。」 「条件?何でも仰って下さいッ!!」 「私の事は『先生』ではなく『コーチ』と呼んでちょうだい。」 「はいッ!!コーチッ!!」 「んん、いいお返事ね♪ さ、明日から早速お稽古を始めるわよ〜〜〜ん♪」 「お願いします、コーチッ!!」 こうしてかえでは、愛と美の伝導師・エレガント琴音を師と仰ぎ、『でこつん』の真髄を極める為の修行を開始した。 がんばれ、かえでッ!! 負けるな、かえでッ!! 『愛と美のでこつん』をその身に宿すその日までッ!! ゆけゆけ我らが帝撃副指令ッ!! 「大神ぃ。 かえでさんが新しい一歩を踏み出す瞬間に、お前と一緒に立ち会えるなんて、俺はしぃあわせだなぁ〜〜〜〜〜〜〜っ♪」 「・・・・・・・・・加山、俺にはかえでさんが道を踏み外したように見えるんだが。」 (おしまい) |