暑かった夏も終わり、秋の気配が深まりつつあるその日。 大神一郎は大帝国劇場へと急いでいた。 (待っててくれ、織姫君!すぐに助けにいくからなっ!!) 大神が劇場にたどり着いた時、一階ロビーには全員で何事かを相談する花組の姿があった。 「みんな!大変だっ!!」 「大神さん!大変ですっ!!」 「織姫君が火車に・・・」 「かえでさんが、アイリスのおでこつついたんですっ!!」 「・・・・・・・・・・・・・。 なに~~~~~~~っ!?」 話はこうだ。 いつものようにレニと遊んでいたアイリスが、これまたいつものように手摺を滑りおりると、そこにかえでがやってきた。 『アイリス。手摺滑っちゃ危ないでしょ。』 『えへへ~~。かえでおねえちゃん、ごめんなさぁ~い。』 『うふふっ。しょうがないわねぇ。でも、怪我しないように気をつけなきゃだめよ。』 ・・・つん 「・・・なるほど。」 その後くわしく調べてみると、アイリスだけでなく花組の全員がなんらかの形で、かえでにおでこをつつかれていることが判った。 ただ一人、隊長の大神を除いて・・・ (なぜだ、かえでさん。どうして俺だけが・・・?) 「隊長・・・?」 「あ・・・すまないマリア。 とにかく、これ以上ここで論議していても始まらない。君はみんなと作戦指令室にいっててくれ。」 「はい。・・・隊長はどうなされるのですか?」 「俺は、かえでさんの所に行ってみるっ!!」 そういい残すと、大神は一気に階段を駆け上がり、かえでの部屋へと走り出した。 (かえでさん。いま・・・いま行きますっ! だから、俺も・・・・・!) 期待と欲望をみなぎらせ大神が走る。 しかし・・・ 「ちょっと待つんだ、大神。」 「加山!?」 「古人曰く『急いては事をし損じる』 そんなに焦って行っても、かえでさんはおでこをつついちゃあくれないぞ。 第一それじゃ不自然だろう。」 突如現れた加山のその言葉が、大神の激情にブレーキをかけた。 「・・・不自然。 そうだ、その通りだ! ありがとう加山。お蔭で大事なことを思い出せたよ。」 「なぁ~に。親友として当然のことをしたまで、礼には及ばんさ。 ではっ!さらばだっ!!」 言うやいなや、いつものように一瞬で姿を消す。 それを見送る大神の心は、それまでの焦りが嘘のように静かになっていた。 (そうだ、あやめさんはいつも自然だった。 突然押し掛けて無理につついてもらっても、ぜんぜん嬉しくない。ここはなんとか自然な状況をつくらなければ!) 自分の心にそう言い聞かせると、大神は静かに歩きはじめた。 かえでの部屋に向かって・・・ コンコン 「大神です。かえでさんいらっしゃいますか。」 (きたわね、大神君。) かえでは大神の来るのを待っていた。そのために花組のみんなのおでこをつついて回ったのだ。 「どうぞ、大神君。」 「失礼します。」 何気ない挨拶をかわす二人。だがその一瞬で二人は互いの目の中に、自分の中にあるものと同じ炎を見た! (これはっ!?かえでさん修行したなっ!!) (大神君、やる気ね!!) けれども、その炎は吹き出すことなく互いの中に留まっている。何故なら・・・ 「どうしたの、大神君。なにか用?」 「いえ、用というほどのことじゃ無いんですが・・・ ちょっとお話ができればと思いまして。」 「いいわよ。わたしも丁度誰かと話がしたいと思ってたのよ。」 何の変哲もない自然な会話・・・。 この流れの中で、自然におでこをつつく状況を作り出すこと。 それこそが二人の望んだことだった。 「・・・というわけなんですよ。」 「ふふっ、支配人にも困ったものね。」 数分間の静かな、しかし緊迫した時が流れ、ついに大神が動いた! 「かえでさん。実は折り入って相談したいことが・・・」 (・・・!大神君いよいよやるつもりね!!) 「最近花組の隊長としてやっていく自信がないんです。 何かいいアドバイスを頂けませんか。」 (よし!自然だ!!どうですか、かえでさん!!) 「そうね・・・」 (いい流れよ。大神君!!) 「自信を持ちなさい。あなたは立派にみんなの支えになってるわ。 大丈夫、心配しなくてもうまくやれてるわよ。」 (さあ、いくわよ!大神君っ!!) 「はい、そう言って頂けるとなんだか自信が出てきました。」 (あ!かえでさんの手がっ!!) あくまでも何気なく、かえでの右手が持ち上がり指先が大神に向けられる。 そして・・・ 「しっかり。大神君。」 さらり・・・ 気がつくとかえでは、自分の髪をかきあげていた。 「そうですね・・・がんばってみます。 ・・・お忙しいところお邪魔しました。」 言葉とは裏腹に、明らかに失望した様子で大神は部屋を出る。 (ああっ!違う、違うのよ大神君っ!!) しかしそれを言葉にできないまま、ドアが閉まった。 ・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・。 ・・・・・・。 「ダメっ!!やっぱり出来ないっ!! 大人の男の人のおでこをつつくなんて、わたしには無理だわっ!! ああっ!教えてあやめ姉さんっ!! どうすれば姉さんのように強くなれるのっ!!」 たぎる想いは熱くとも、ままならぬのが人の常。 くじけるな、かえで! 立ち上がれ、かえで!! 負けるな僕らの帝撃副指令っ!! 「・・・あ。織姫君忘れてた。」 おしまい。 |