ひとりでさびし ふたりでまいりましょう みわたすかぎり よめなにたんぽぽ いもとのすきな むらさきすみれ・・・ お手玉唄を歌いながら花びらを集めていた女の子は、しかし次の瞬間、くるりとこちらを振り向いた。 春の色のリボンでまとめられた柔らかな髪がぴょこんと跳ねる。 人にみつかったことに気付いて慌てるリスみたいだ。 そう思ってくすりと笑った…つもりだった。 というのは、情けなくもそのままそこでへたり込んでしまったからだ。 「どうしたの? ねえ、だいじょうぶ…?」 袴の裾を翻して心配気に駆けよってくるその子に、何とか足に力を入れて立ちあがろうとする。 その途端のことだった。 「あ…っ」 突如視界一杯に入ってくる彼女の姿。その手を離れた花がはらはらと飛び散る。 咄嗟に腕を伸ばして支えようとしたのだが、そこは非力な子供の悲しさで、気付くと一緒に転がっていた。 そろそろと巡らした視線は、くりくりした大きな瞳にぶつかる。 失敗、失敗、というように、小さく舌を出している少女。 ほら、普通の女の子じゃないか。 ――――本当のことは、自分で確かめてみるもんじゃよ―――― じいさまに言われたことを反芻しながら、頬杖をついた。肌にじかに感じる地面が暖かい。 まだ青い草の匂いが心地よかった。 今度は上手く笑えたようだ。 「タケシ、っていうんだ。・・・おまえは?」 ************************************* 真宮寺屋敷、と聞いてピンと来なかったら、そいつはこの辺でも最近増えてきた余所者か、 ものの良く分からないよっぽどのちび助かってことになるんだろう。 「お前みたいな弱虫、探検になんか、絶対連れていかないからな、タケシ」 からかうような兄の声に、訳知り顔をした何人かが、にやにやと笑う。 深い森に囲まれたその屋敷は、地主さまの所よりも、余程広くて大きくて、子供たちを否が応にも わくわくさせる場所だった。 こっそりと忍び込んで、精密な地図を作ってみたり、軒先に吊るしてある干し柿を幾つ失敬できるか競ってみたり、 こんなありきたりの冒険も、舞台があそこなら、どんなに新鮮なものになるだろう。 遊び疲れて川原の土手や神社の境内に座りこむと、いつの間にか話題はこの屋敷のことに移った。 忍び込むには、いつ頃、どの辺りからがいいだろうとか、不測の事態が起きた時にはどうしようかとか、 真剣な、それだけに今となっては笑みのこぼれてしまうような作戦会議を延々と続けたものだ。 小学生の兄たちが作る車座の一番外側からではあったが、俺たちもドキドキしながら聞いていたのを覚えている。 しかし、単に広くて大きいだけだったのなら、ここまで子供たちが惹きつけられることは無かったに違いない。 この屋敷を「特別」なものにしていたのが、ある種の戦慄だった。 つまり、「出る」のである。 「タケ坊じゃ、腰抜かしちまうもんな。知ってるか? あの辺じゃ、嵐でもないのに、すげぇ風が吹くんだってさ」 疱瘡の痕の残る少年が、腕組みをしながら言う。 「そして、林の間からのぞくのは…」 「ぐわぁっ」 いつの間に後ろに来ていたのか、タイミング良く出された大声に、俺たち年少組は全員飛びあがった。 ついでに、体格のいいそいつがのしかかってくるのだから、堪らない。 「…っと口を開いた鬼が、竹やりを持って追いかけてくるんだ」 「あ、俺は、座敷わらしがいるって聞いたぜ。ほら、人食い婆と一緒のヤツだと思うな。曼珠沙華持って…」 「とって食われちまうかもな」 小さな武勇伝を誇る気持ちもあったのだろう。こうした逸話は尽きることが無かった。 「タケちゃんは、そんなことないよ。だって、俺、聞いたもの」 黙り込んでしまった俺に業を煮やしたのか、ぐっとこぶしを握り締めて、同い年の友人が叫ぶ。 「何をだよ?」 あごをしゃくるようにして言葉を返した兄の目の中に、一瞬、怯えたような色が見えたのは、気のせいだっただろうか。 「そっちの方に行く一平ちゃんを見たって。…それで、後をつけたんだって、な、タケちゃん?」 俺にはそんな他愛もない話が、冗談交じりで聞けるものには、どうしても思えなかった。 しかし、その頃の俺を怯み、震えさせていたものは、屋敷に住まうという化け物たちではなかったのかもしれない。 鬼や座敷わらしや人食い婆の姿に隠れて、語られていない物語、誰もが口にしようとしないものの存在を 強く感じていたのだ。 でも、それを兄たちの前で言うことは、出来なかった。 「みっちゃん…!」 その話は、と慌てて止めようとしたが、時すでに遅く、有無を言わせぬ勢いで兄のゲンコツが降って来た。 「…………………ッ」 「・・・ってぇ…」 「いい加減なことを言うからだ。なら、駐在さんにでも行ってこいよ。 神隠しに逢った一平を見ました、ってな。探してくれるかもしれないぜ? “真宮寺さま”と一緒にさ。…もっとも、またガキの戯言かって言われるかもしれないけどな」 言い捨てると、兄たちはそそくさと神社の森から出ていった。 ずきずき痛む頭を押さえた俺と友人を後に残して。 しかし、兄たちにしても、それとなく察しているものはきっとあったのだろうと思う。 幾度となく繰返された冒険の計画は、一度として実行に移されたことはなかったのだから。 何かに憑かれたように、子供たちはしゃべり続けた。 無邪気な興奮が、得体の知れない恐れに変わっていくのをお互いの顔に認める頃、 手伝いをさぼって遊び呆けている悪餓鬼どもを探す、兄姉や母親たちの怒鳴り声にしぶしぶという 態度をとりながら、どこかほっとした表情で夕日に染まる道を急いだものだ。 昼と夜の溶け合う逢魔が時。すぐそこまで迫った夕闇が、背中を押している。 ―――はやく、はやく ――どうして? ―――つかまっちゃうもの ――誰に…? ある日忽然と人が消えてしまう、神隠し。 俺たちにとって、それは大人たちの作り話では、決して無かったのだ。 子供のいる風景(2)へ |