わたし色のマフラー
 「ねぇ、すみれぇ、お話して?」

 太正14年の秋の昼下がり、サロンで優雅にお茶を味わいながらも

、今日はほかにサロンに誰もいなくて、少し退屈していたすみれさん

は、この小さなお客様の訪れを心から歓迎しました。

 話し相手が欲しかったというのもありますが、「誰にも負けないレ

ディーになる」とせいいっぱい背伸びして頑張るアイリスが、幼い頃

の自分と重なって、ふだんから妹のように可愛く思っていたからです。

 「まあ、大歓迎ですわ。ちょうどおいしいクッキーもありましてよ

。でも、今日はお昼寝なさらないの?」
 
「うん、それがね、気になることがあって、眠れないの。」
 
「まあ、何かしら?」
 
「あのね、すみれ、日本の昔話でぇ、鶴が女の人になるお話あるでし

ょ?あやめお姉ちゃんに聞かせてもらったんだけど、ずっと前だから

くわしいお話、忘れちゃったの。それが気になって、眠れないの。」

「まあ、「鶴女房」のお話ですわね。まかせてくださいな。この神崎

すみれ、ナレーションも絶品でしてよ。よく聞いて、演技のお勉強を

されるといいですわ。」


「・・・・・ところが夫は約束を破って、妻が機織りをしている部屋

を覗いてしまいました!!すると中には・・。」

「きゃ〜〜〜〜〜っ!!こわいぃ〜〜〜〜ッッ!!」

 アイリスの叫び声と同時に、そばのカップやポット、紅茶の缶が

フワフワと宙に舞い踊りました。

「アイリス!?どうなすったの?落ち着いてくださいな!これは、

こわいお話ではありませんことよ。」

「ウソ、ウソ、ウソ!!その鶴がオッテるところを見たら、呪われる

んだ〜〜〜!!」

「まあ、違いましてよ。これは美しくも悲しいお話ですのよ。

ちゃんと最後まで聞けば、わかりますわ。

ですから落ち着いて、ね?」

「う〜ん、わかった。そのかわり〜、あんまりこわくないように

お話してね。すみれ、ただでさえこわいんだから。」

 やっとカップやポットのダンスは、おさまりました。幸い、

アイリスがうまく着地させたので、お茶がこぼれずにすみました。

「ちょっとひっかかりますけど、もう少しで終りですから、話して

さしあげますわ。



 ・・・・・すると中には妻の姿は見えず、鶴が機織り機の前に

座って、自分の羽根を1本1本抜きながら、それを織物に織り込んで

いました。
 
 「妻の正体は鶴だったのか」と夫は驚きましたが、見つからない

ように、そーっと戸を閉めました。

 しばらくして、織り上がった反物を持って、妻が出てきました。

そして悲しそうに、言いました。

「あなた。あれほど言ったのに、約束を破りましたね。私の正体が

あの時の鶴だと知られたからには、もうここにはいられません。

さようなら。」

 そして反物を残して、鶴の姿に戻って、空の彼方へと飛び去って

いきました。夫は鶴の姿が見えなくなったあとも、反物をいとおしげ

に抱き締めながら、空を見上げて立ち尽くしていました・・・。



 はい、これで「鶴女房」のお話はおしまいですわ。ちっともこわい

話ではないでしょう?」

「うーーん。でもアイリスには、こわいの。」

「そうかしら。日本の詩情あふれる、悲しくも美しい物語では

ありませんか。近年また見直されて、高名な劇作家が演劇として

ひとつの芸術作品にしようと、台本を執筆中だという噂も聞きまし

たわ。

 ま、そのあかつきには、この神崎すみれが主演の鶴女房を演じて

、お客様を感動の涙でむせびかえらせてみせますわ。

オーーホッホッホ!」

 「え、すみれが鶴をやるの?えーーーーっ!!

ぜったい、さくらだよ!!」

「ま、なんですって?!これこそ、この神崎すみれにふさわしい役

ではありませんか。

 美しさといい、はかなさといい、そして鶴の悲しみを表現する

だけの演技力。

 それが、さくらさんにありまして?田舎者のあの方には、村の娘

その一がお似合いですわ。

 何しろ鶴といえば、その美しさゆえ皆に愛され、絵画にもよ〜く

取り上げられる、鳥の中の王者。鳥界のトップスターともいうべき

存在。

 ことわざも、ございますわね。「鶴の一声」、「掃きだめに鶴」

。まるで、わたくしのようではありませんの〜。」

「うん、そりゃあ、こわさではすみれもすごいけど・・・。

この役は、さくらの方が絶対合ってると思うよ。」

「アイリス・・・・?わたくしは帝劇、いえ日本のトップスター

ですのよ。このわたくしに出来ない役があるとでも、おっしゃるの?

ましてや、あの新米のさくらさんに劣るとは・・・。

 こんな澄み切った、大きな瞳をしてらっしゃるのに、あなた

何も見えてらっしゃらないようねえ〜〜〜〜〜〜〜?」

「いや〜〜〜〜っ!!すみれも、こわい〜〜〜っ!!!

ゆるして〜〜っ!これには、訳があるの〜〜〜っ!!」

「訳?では、わたくしにも納得がいくように、ちゃんと説明して

くださいましな。」

「・・・・あのね、アイリス見ちゃったの・・・。」

「何を?」

「さくらが鶴に、そっくりなところ。」

「?」

「あのね、さくらのお部屋に行ったらね、ドアが少し開いてたから、

声をかけて遊んでもらおうと思ったんだけど、すごいこわい顔して

たから、ちょっと様子を見てたの。

 さくらは編み物をしてたの。まだ暑い時だったのに、汗ダラダラ

流しながら編み物してるんだよ〜。ふつう編み物って、もっと涼しく

なってからするものでしょ?」

「まあ、アイリス。きっと、こうですわ。

ふつうの方なら、秋に入ってから編み始めても冬に十分間に合い

ますけど、さくらさんは人並外れて不器用でいらっしゃるから、

早めに編み始めたのですわ。」

「それだけだったら、別にこわくないんだけど、

こわいのはこれからなんだよ。

 ・・・さくらがね、鶴みたいに自分の髪の毛を一本ずつ取って、

編み物に編み込んでたんだよ・・・。そして編みながら目をカッと

開いてね、ブツブツ呪いの言葉をつぶやいてたの。

「これで大神さんは、あたしのもの。誰にも渡さない。この髪で、

あなたをあたしに縛りつけて、離さない。もし大神さんが他の人に

心を移すことがあったら、その時は、あたしの髪よ、彼の首を

ギュッと締め付けて、思い知らせてやってちょうだい。

ウッフッフッフッ・・・・・・。」・・・・って。」

 さくらさんの大神くんへの異常までの執着心に気づいていた

すみれさんも、これにはさすがに驚きました。

 でも気を取り直して、あまり深く考えないようにしようと

思いました。

「あ、あら、それは呪いではなくて、おまじないですわ。

 自分の髪の毛を一本編み込んだ編み物を意中の殿方に

プレゼントすると、その方の心をつなぎとめられるという、

おまじないですわ。

 わたくしはそんな事しなくてもたくさんの殿方の

ハートを射止めてましたけど、そうでないかわいそうな

女学校の同級生たちは、そのようなたわいもないおまじないを、

大真面目にしておりましたわねぇ。

 おまじないに頼るなんて、さくらさんもまだまだ子供ね。

わたくしの敵ではありませんわ。」

「ほんとに、こわいんだから〜〜!!

 ねっ、すみれ、お兄ちゃん最近青いマフラーしてるでしょ?」

「え、ええ。ご実家のお母様が送ってこられたとか・・・。」

「ちがうの。あれ、さくらのプレゼントなの。

だってさくらがあの時編んでたのとおんなじ色だもん。

 それにアイリス、聞いちゃったんだ。伊豆に旅行に行く前にね、

お兄ちゃんがさくらのお部屋に入ってったから、ドアに耳をあてて

聞いたの。」

「まあ、立ち聞きはお下品でしてよ。」

「うーーん。これから気をつけるよ・・・。

それでね、その時さくらがおにいちゃんの好きな色を聞いたの。

最初おにいちゃんは「き・・」って言ったら、さくらが

「ええ〜っ?」って言ったの。そしたら今度は「赤・・」って、

おにいちゃんが言ったら、また「ええ〜っ?」ってさくらが言うから
 
、おにいちゃん「やっぱり、青・・、かな?」って言ったら、

さくらがすごくうれしそうに「そうですか、あたしも大神さんには

青が似合うって思ってたんです!」って言ったの。

 あれ、マフラーの色のことじゃないのかなあ。」

 信じたくないから、すみれさんはどうか間違いであって欲しい

と思って、アイリスにたずねました。

「ア、アイリスの勘違いじゃありませんの?」

「ちがうよ〜!!すみれもマフラー見たら、わかるってば!

すっごく、こわいんだから!」



 と、そこへ誰かがやって来ました。

「やあ、すみれくんにアイリス。こわい、こわいって、怪談でも

してるのかい?」

「お、おにいちゃん!!」

「しょ、少尉!!」

「あー、秋とはいえ、外は寒かったよ。

あ、すみれくん、あたたかいお茶をもらえると、うれしいな。」

「え、ええ、よろしくてよ。」

 お茶をいれながらも、すみれさんは椅子にかけられた青いマフラー

が気になって、仕方ありません。

「あーっ、やっぱり、すみれくんのいれてくれるお茶は、

最高だね!お茶がおいしいだけじゃなくて、すみれくんがいれて

くれるからだね。それにアイリスのかわいい顔を見ながらなんて、

俺は何て幸せなんだろう。」

 そんなことを言われたら、ふだんならうれしくて

たまらなくなるすみれさんとアイリスでしたが、

今日は大神くんの歯の浮くようなセリフも、耳に入って

ないようでした。

 意を決して、すみれさんがたずねました。

「・・・それよりも、少尉、素敵なマフラーですわね。」

「あ、ありがとう。」

 大神くんは少し照れながらも、内心の動揺は隠せず、カップを

持つ手がふるえていました。

「お母様のお手製とか?」

「あ、ああ、そうなんだ!そうなんだよ、オフクロがね〜!

アハハハハ」
 
 安心した大神くんは、無邪気に笑いました。

 「あら?何か変わった手触りですわね。見た目も少し、毛糸

にしてはツルツルしてるような・・・。」

 そう言ってじっくり手にとって眺めてみたすみれさんは、

とんでもなく恐ろしい物を見てしまいました。

 濃い青色の毛糸に混じって、青みがかった黒い、細く

なめらかな糸が、全体にビッシリ編み込まれているのでした。

さらによく見てみると、先に毛根らしきものがついたもの

もありました。

 すみれさんは確信すると同時に、恐怖で震え上がりました。

 ”間違いありませんわ。

 これにはさくらさんの髪の毛が、鶴女房の織物のように

ビッシリと編み込まれてある・・・!!

 だから髪の毛が目立たないように、自分の髪の色に近い

青色を選ばせたのですわね。

 さくらさん、なんて恐ろしい女!!”

 アイリスに目をやると、青ざめた顔で、「ねっ?」って

感じでコクンとうなずきました。

 すみれさんの内心の嫉妬と恐怖に気づかず、大神くんは

ちょっと得意そうに言いました。

「あ、さすがはすみれくんだね。

 何でも、絹糸を一緒に編み込んであるんだって。

 だからこんなにすべすべして肌ざわりがいいんだよ。」

 そうして大神くんは、さも愛しそうにマフラーを撫で、

はては頬ずりまでしました。

 それを見て、すみれさんとアイリスは、さくらさんの

情熱のあまりの深さに恐怖と嫌悪を感じ、心底

ゾッとしました。



 「まあ、大神さん。

そんなにそのマフラー、気に入ってらっしゃるんですか?」

 弾むような、うれしそうな声の主は、さくらさんでした。

 すみれさんとアイリスは、もう逃げ出したいくらいに

なりましたが、体がすくんで動きません。

「やあ、さくらくん。

このマフラー素敵だって、今すみれくんがほめてくれて

たんだよ。」

「まあっ、そうなんですか?

さすがすみれさん、センスがいいですね〜。」

 そう言ってすみれさんにニコニコ笑いかけるさくらさんの

顔を、すみれさんはまともに見られず、さくらさんの手元に

視線をそらしました。

 話題をそらしたかったすみれさんの目に、さくらさんが

提げている大きな荷物が映りました。

「ぁ、あら。さくらさん、お買い物してらしたのね。

その大きな箱は、何かしら?お帽子?それともおカバン?」

「あっ、これはですね、三越で発売されたばかりの

”文化手織り機”なんですよ。
 
 誰でもカンタンに織物が出来ちゃうんです。

あ、でもその分、小さい物しか作れないんですよ。コースター

とか、ランチョンマットとか、ネクタイとか・・・。」

 それを聞いた三人は、目を見はりました。

 大神くんは、「それは、すごい!」というような驚きの

表情でしたが、すみれさんとアイリスは「まさか、またこれで

・・・?」という表情でした。

 そして二人で見つめ合い、深いためいきをつきました。

「じゃあ、あたしはこれで。

早く織ってみたいから、失礼します。よいしょっと。」

「あ、さくらくん、重そうだから部屋まで運んであげるよ。」

「わあ、いいんですか。すみません。」

 そうして二人は、仲良さそうに去って行きました。

 その後ろ姿を、すみれさんとアイリスはただただ

呆然と、見送るばかりでした。

「わたくし、今のところ恋愛順位ではさくらさんに

勝っていますけど、少尉のことあきらめようかしら。

さくらさんと戦うのが、恐ろしくなってまいりましたわ。」

「アイリスもさくらに勝ってるけど、”おにいちゃん”は

”おにいちゃん”のままおいておいて、恋人は他の人を

探そうかな。もしおにいちゃんがアイリスを選んだら、

さくらに何されるかわからないもん。」

「それが、よろしくてよ。」




 その夜、大神くんは自室で日課の恋愛順位チェックを

していました。

「さてと、モテる男はつらいなあ。

誰にしようか迷っちゃうよ。全員とつき合えたら、いやせめて

恋愛順位の上位2・3人でもいいんだけどなあ。

 今日もなかなかの好青年だったから、きっと信頼度も

上がってるはず・・・。

 あれ、おかしいな?アイリスとすみれくんの恋愛順位が

ガクンと下がってる・・?おかしいな。サロンで

ほめちぎったから、上がっててもおかしくないのに。

 反対にさくらくんが急浮上してるな。荷物を持ってあげた

のが、そんなにうれしかったのかな〜。まあ、すみれくんや

アイリスもいいけど、さくらくんでもいいや。

 そういや、今度はあの手織り機でネクタイ作ってくれるって

言ってたっけ。楽しみだな〜。」


                          おわり



後書き

 さくらファンの方、ごめんなさいね。ちょっとオーバーに
描いてみました。怒らないでくださいね。
 これを思いついたキッカケは、自分の髪の毛を一本編み込んだ
編み物をプレゼントすると、彼の心をつなぎとめられるという
おまじないを思い出したからです。
 それから、さくらが大神くんに好きな色を聞いた時は、まだ夏
でしたよね。よく考えたら、あの後すぐに編み始めたのでは
ないかもしれないけど、わたしは旅行から帰ってきてからすぐに
さくらが編み物を始めたと思いこんだのです。
 わたしは編み物しない(できない。一度セーターを編もうと
思ったけど、2・3年かかって結局未完成のまま)ので、よく
知らなかったのですが、ふつう編み物って秋に始めて冬に
間に合うように作るものらしいですね。
 本屋さんでも編み物の本って、秋頃に出てきて、春には
あまり見かけなくなりますよね。
 以前フリーマーケットで、家にあった大量の毛糸を出した
のですが、激安にも関わらず、交渉してくるお客さんさえ
ないのです。
 それで布を買ってくれた人がいたので、手芸好きな人なら
買ってくれるかも、と思ってすすめたのですが、「こんな
暑い日に、毛糸なんか見るだけでイヤになるわ〜。」と
言われたのです。なるほど〜。そういえば、そうですよね。
 というわけで、暑い中、汗ダラダラで毛糸を相手に奮戦
してるさくらって、すごい情熱だよなあ、そこまで大神くん
のこと好きなのか〜、と思ってしまったんです。

 わたしはすごーーく嫉妬深いので、さくらの気持ち、
ちょっとわかるような気がします。浮気とかされたら、自分
でも何するかわかりません。真面目すぎるのか、それとも愛
が深すぎるのか。
 でもさくらって、嫉妬深くさえなかったら、きっと
一番好きなキャラだったと思います。かわいいし、
衣装も愛らしいし、やさしいいい子だし。
「何でこの子、こんなにつきまとうの?」と、さくらの
ヤキモチにへきえきしたわたしは、逆にそっけないマリアさん
やすみれさんに、ググッとひき寄せられていったのでした。
 自分のだめな部分を見せつけられてるようで、イヤ
だったんですね、きっと。だからさくらをあまり好きに
なれなかったのは、さくらのせいではないです。
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