遠雷
 「駄目よ、子供じゃないんだから。しっかりしなさい!」
 マリアが半ば呆れたような、半ばからかうような口調で言う。
 「で、でも〜・・・」
 さくらが情けない声をあげる。寝巻姿で枕を抱きかかえ、廊下に立ち尽くしているその格好は、とても帝劇の花形女優には見えない。
 「まったく、なんだってそこまで怖がるかねぇ。戦闘の時にはあんな無鉄砲なお前がよ?」
 「カ、カンナさんだって蛇を怖がってるじゃないですか!」
 「いけね、こりゃ文字通りのヤブヘビだったかな・・・じゃ、あたいはこのへんで退散するか。マリア、さくら、おやすみ〜」
 「あ、カンナさん! 待って下さい!」
 「へへっ、さくら、まあ頑張れよ。いつまでもその調子じゃ、嫁に行く時に困るぜ?」
 その言葉と悪戯っぽいウインクを残して、カンナは自室に引っ込んでしまった。
 「さくら、カンナの言う通りよ。まあ、あなたの結婚生活の事はともかく・・・」
 ここで何故か小さく咳払いをして、
 「・・・その怖がりはいい加減、なおさないと。・・・いい機会だわ。訓練だと思って、今晩は一人で眠りなさい」
 「ええ〜っ!」
 「これは副隊長としての命令よ、いいわね・・・じゃ、お休みなさい」
 「そ、そんなぁ〜」
 無情にもドアが閉じられた瞬間、追い打ちをかけるように、低く、重い音が響いてきた。
 遠雷である。
 「きゃあああっ!」
 雷嫌いのさくらは、子供のように枕を抱き締めて悲鳴をあげた。



 いつもならこんな時、紅蘭の部屋にお邪魔するのがさくらの常だった。
 ところが運悪く、紅蘭はすみれと一緒に神崎重工に出張中。今夜は泊りになると、ついさっき連絡があったばかりだった。
 それでは、と訪ねてみた織姫とアイリスは、すでに眠ってしまったのか、いくらノックをしても返事がない。
 こうなってしまうと2人とも、出撃の警報でも鳴らない限り、朝まで(織姫の場合、時には昼近くまで)何があっても目を覚まさない。
 そして今、カンナとマリアにも見捨てられてしまったという訳だ。
 「こ、こうなったら・・・」
 さくらは最後の希望を求めて、ある部屋のドアに近づくと、マリアに聞こえないようにそっとノックしながら声をかけた。
 「・・・レニ、起きてる?」



 レニは案外あっさりと部屋に入れてくれた。
 帝劇に来たばかりの頃は、『普段着のまま、椅子に座って寝ている』との噂のあったレニだが、今ではちゃんと部屋に寝台もあったし、彼女自身も洋風の寝巻を着込んでいた。
 (たしか、『パジャマ、っていうんだよ。』ってアイリスが言ってたっけ・・・)
 さくらはその『パジャマ』という語感の可愛らしさが気に入っていた。そして、今のレニの姿は、その語感にぴったりだ、とも思った。
 とはいえ、そんなさくらの感想とは関係なく、レニの態度は相変わらず無愛想だった。

 「・・・雷は大気中の放電現象だ。へそをとられる、というのは迷信に過ぎない」
 「そりゃ分かってるけど・・・でも、落雷は危険でしょ?」
 「この劇場内にいる限り、危険は全くない。・・・避雷針があるし、外壁はシルスウス鋼で強化されている」
 「と、とにかく、一人じゃ眠れないのよ。・・・お願い、レニ。今晩だけでいいから、泊めてちょうだい、ね?」
 哀願するさくらに対し、レニは又あっさりと答えた。
 「・・・わかった。それが安眠に不可欠だというなら、協力する。・・・理解不能だけど。」
 そしてさっさと自分はベッドに入ってしまう。
 「・・・一緒に寝るのなら、早く。もう消灯時間だ」
 「あ、ありがとう! それじゃ・・・お邪魔しま〜す・・・」
 常に沈着冷静な、この年下の少女の横にもぐり込みながら、さくらはさすがに照れ臭くなってきた。
 思わず、問わず語りに言い訳めいた話を始めてしまう。
 「ごめんね、レニ。・・・私もこの年になってみっともない、とは思うんだけど・・・子供の頃、友達が落雷にあったのを目の前で見ちゃって。それ以来、雷だけは駄目なの」
 この話に、初めてレニは興味を引かれたようだった。
 「・・・トラウマ、か・・・それならボクにも理解できるような気がする・・・」
 「へ? ・・・寅午?・・・」
 「トラウマ。・・・この場合は、幼児期における精神的外傷。・・・」
 「ふ、ふうん。そ、そうなの・・・」
 もちろん、何のことだか全然分かっていない。明かりを落とした部屋に、しばしの沈黙が訪れた。
 そのあまりの静けさに、もう相手は寝てしまったのだろう、とさくらが思い始めたころ、いきなりレニが沈黙を破った。
 「・・・死んだの?」
 「ええっ!? い、生きてるわよ、私!?」
 「違う。・・・さくらの、友達。・・・落雷で、死んだの?・・・」
 「ああ、そのこと・・・」
 思わず苦笑してしまう。勘違いした自分も自分だが、いきなり『死んだの?』とは、いかにもレニらしい。
 「・・・それがね、助かったのよ。・・・運も良かったんでしょうけど、お医者さま達の手当のおかげでね。・・・それでいま、今度は自分がお医者さんになるんだって、元気に勉強しているわ」
 「・・・良かった・・・」
 「え?」
 さくらが隣に目をやると、すでにレニは規則正しい寝息を立てていた。
 その寝顔には、確かにかすかな笑みが浮かんでいた。
 「レニ・・・」
 気がつくと、さくらはベッドの中でレニの手を握っていた。
 それは思ったより小さく、柔らかく、そして暖かい手だった。

 遠くでまた、雷が鳴っている。
 しかし、さくらの心は穏やかだった。
 「お休みなさい、レニ・・・」
 そうつぶやいて目を閉じた彼女の口元にも、やはり微笑が浮かんでいた。



 おわり
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