太正三十四年四月
 太正三十四年四月。
 横浜港の外国船埠頭に、一人の少女が立っていた。
 その手には新聞の切り抜きが握られている。

 『……世界的な冒険家、大神一郎氏(元帝国海軍大佐)が久しぶりに帰国する。四月××日、蒸気船ヴァンダイン号にて……』
 
 それは小さな三面記事にすぎなかった。 
 それも当然だろう。なにしろ一般の人々は、彼の正体も、彼の真の功績も知らないのだから。
 だが、少女は知っていた。
 彼こそは日本の、そして世界の危機を幾度も救ってきた英雄であることを。

 彼がかつて、現在のTKDの前身である『帝国華撃団』の隊長であったことも、少女は知っていた。
 欧州に渡った彼が、『冒険家』という仮面に隠れながら、世界平和の為に尽力してきたことも、少女は知っていた。
 彼が『第三帝国』の狂気の総帥の手から、『ロンギヌスの槍』と『契約の箱』を奪回し、二度目の世界大戦を未然に防いだ立役者であることすら、少女は知っていたのである。

 しかし、少女が仙台の家を家出同然に飛び出し、この横浜港にやって来たのは、単なる救世主に会うためではなかった。
 彼女にとって、大神一郎はそれ以上に重要な存在だったのである。

 「……やっと会えるのですね。お父様……」



 そして、ついに『彼』が姿を現した。
 自然に身についた威厳あふれる物腰のなかにも、若々しい軽やかさは失われていない。
 自信に満ちた足取りでタラップを降りてくるその姿は、少女が何度も夢に見た通りのものだった。
 彼がタラップの最後の段から降り立った時、少女は我知らず駆け出していた。

 「……お……お父様ぁ〜っ!!」

 …………と、その時。

 「パパぁ〜!」「お父はん!」「おとうさん!」「お父さま!」「おやじ!」「パパ!」「……とうさん……」

 「…………え?」

 いままでどこに隠れていたのか、四方八方から駆け出して来た少女たちは、お互いに唖然として見つめ合った。
 やがて、その視線は一点に集中する。

 「……お父様。これはどういうこと!?」
 「みんな『お父さん』って言ってたよぉ!?」
 「説明してもらいまひょか?!」
 「おとうさん! ま、まさか……!?」
 「ふっ、不潔ですわ!!」
 「てめえ〜……おふくろというものがありながら!!」
 「ママを裏切ってたですね?! ニッポンの男、サイテーでーす!!」
 「…………殺す……。」

 「う……うわあああぁぁぁ……っ!!!」



 ……大神一郎、四十二歳。
 かつて、幾度も死線をくぐり抜け、世界を救ってきた男。
 そんな彼が、死の覚悟を決めた出撃前におかした過ちを、いったい誰が責められようか?
 ……とは言うものの、そんなに7回も8回も覚悟を決めちゃいかんよなあ、と思うのも、また事実である。

 〜 完 〜
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