1. 「高津さん。最近噂の深夜の音楽会、知ってますか?」 「へ・・・。」 突然の由里の言葉に、俺の口からマヌケな声が洩れる。 「その様子じゃ知らないみたいですね。 ・・・・・・・・・・・・・・。 教えたげましょうか?」 途中で一拍間を置いたその口調には、隠し切れない喜びが溢れている。 俺が帝劇に通い始め彼女と顔見知りになってかなり経つが、人の知らない噂を話す時以上に嬉しそうな顔は見たことがない。彼女にとって噂話をすることは、呼吸をするのと同じ、いや、それ以上に大切な事なのだろう。 「あのですね・・・・」 我に返ると既に由里の話は始まっていた。 ここは大帝国劇場の事務室。カウンターを挟んで由里と向かい合った俺に、もう一人の事務員、かすみが肩をすくめながら少し困ったような微笑みを向ける。 無理もない・・・。 一旦話に火が着いた由里を止めることは、帝鉄を素手で止めるより難しい。聞き手に出来ることは、静かに話の終わりを待つことだけだ。 「・・・でね、その二人が・・・」 そうこうしている間にも話は進み、噂の主役、黒服の男と笛を吹く女が登場した。 (深夜の音楽会・・・か。) 由里の話を聞きながら、俺は内心苦笑していた。 俺が知っている事を話したなら、彼女はどんな顔をするだろうか? 見てみたい気もするが、それは許されない。 帝撃風組の隊員という裏の顔を持つ、彼女達さえ知らない俺のもう一つの顔。『私立探偵高津』を隠れ箕に帝都の影に潜む者。 『月組隊員十六夜 誠』 それこそが俺の真の名だ。 そして、巷で噂の黒服の男とは・・・。 俺に他ならないのだ。 2. ひぃよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・ 夜の帝都に高く低く笛の音が木霊する。 時に甘く、時に切ないその音色は、聞いている者の魂をとろけさせるようだ。 ふぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・ ゆったりと、静かに、そして力強く。 天高く登った月に捧げるかのように、どこか懐かしい旋律が鳴り響く。 笛を吹いているのは浅黄色の和服を着た、長い黒髪の若い女。 そして、その後ろに立つ黒ずくめの男が・・・俺だ。 そこは帝都の一角にある、うら寂れた空き地。 周囲にはいくつかの建物がまばらに立っている。 ほんの一ヶ月時を戻せば、幾つもの民家が軒を並べる、活気に溢れた町並みが甦るはずだ。 だが・・・。 いまここに在るのは未だ手着かずの瓦礫の山と、その陰にたむろする亡霊達。 後に『第一次サクラ大戦』と呼ばれる一連の騒動の傷跡は、終結から一ヶ月経った今でも帝都の各所に残されていた。 『大和』を再び封印し降魔こそ出なくなったものの、各地に淀んだ闇はそう簡単に晴れそうもない、かと言って対降魔部隊である花組を出す事も出来ない。確たる実体を備えたものならともかく、ただ現世に留まるだけの亡霊を浄化するには、彼女達では役不足だ。 そこで出動したのが俺の目の前で笛を吹く彼女、帝国華撃団・霊能部隊夢組所属『夢守早苗』だ。 彼女の吹く笛の音には、強力な鎮魂の効果がある。効果範囲は余り広くないが、不特定多数の亡霊達をまとめて成仏させるのに、彼女以上の適任者はいなかった。 しかし、その彼女といえども一人で全て片付けられる訳ではない。 夢組は霊視・予知等の、『精神感応系』の霊力の持ち主で構成されている。そのため肉体的にも常人並みか、それ以下の者が多い。極端な話、野良犬一匹追い払う事が出来ないのだ。 そう言う訳で月組から護衛を付ける事となり、俺に白羽の矢が立った・・・のだが。 どうやら今日は俺の出番はなさそうだ。 ひゅうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・ 地上の汚れを洗い流すかの様なその調べに誘われ、空き地のそこかしこから蒼白い影が立ち上がる。 半ば透き通ったそれは、この地に呪縛された死者の魂だ。 老人がいる、幼い子供がいる、若い男女がいる、犬が、猫が、鴉がいる・・・。かつてここで生活していた様々な生き物の幽霊が、笛を吹く夢守の周囲に集まってきた。 ぴぃりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 見守る俺の目の前で、一際高い笛の音色と共に夢守の身体が宙に浮く。それを追うように幽霊達も飛び上がる。 くるり・・・・・。 くるり・・・・・。 天女が舞を舞うように、笛を吹きつつ夢守が幾度となく身を翻す。つられて幽霊達も踊り出す。 高く高く天高く。 この世とあの世を繋ぐ音色に乗って、死人達が天に舞う。 それは鎮魂の音、惜別の舞、現世の呪縛を断ち切る浄化の宴。月へと続く夜の道。 ぴぃひゃら・・・・・ ふと気がつくと、一群の人影は既に豆粒のように小さくなっていた。満天の星空と月の光に、それを見分けることは難しくなっている。 最後まで見届けようと目を凝らしたその時。 ふっ・・・・・・・ まるで月の光に融け込むかのように、人々の姿が消える。 耳を澄ますが笛の音は・・・もう聞こえない。 「終わりました。」 すぐ隣から声をかけられ振り向くと夢守はそこにいた。 霊力を使い果たしたのか顔色が悪い。 すでに見慣れた筈のその姿が、今夜はやけに痛々しい。 「泣いて・・・いるのか?」 「はい・・・。あの人達の心に・・・触れ過ぎてしまいました。」 そう言った途端、夢守の膝が崩れる。 とっさに延ばした俺の腕の中に、気を失った夢守の身体が倒れ込んだ。 「ご苦労様・・・・。」 夢守の横顔に小さく労いの言葉をかける。 霊力と共に体力も使い果たした、青白い憂いに沈んだ横顔。 今の俺にそれは誰よりも美しく見えた。 3. 「かすみさん。由里くん。じゃ、これで。」 「またいらして下さいね。」 「まったね〜高津さん。」 パタン・・・・ 由里の噂話から解放され時計を見ると、既に五時を回っていた。東の空には夜の先触れが現れている。 (明日っから公演が始まるってのに、こんな長話して良かったのかね?) 良いわけがない。 俺が帰ると言った時の、かすみのほっとした顔を思い出し、口元に苦笑いが浮かぶ。 「由里くん。かすみさんの機嫌直すのは大変だろうけど、頑張ってくれたまえ。」 扉の向こうに声を掛けると、俺は帝劇を後にした。 明日・・・そう、明日から始まる花組の特別公演。それが帝都にとって、どういう意味を持つのか知っている者は少ない。 ここ銀座は、帝都を流れる地脈・霊脈の重要な交差点だ、その地で花組の・・・高次の霊能力者達の執り行う神楽は、帝都全域の魔の波動を鎮静化させる働きがある。俺と夢守が毎夜やっている事はそのための下準備、いわば前座だ。 だがどんなに客を沸かせても、舞台の幕が開いたならば袖に引っ込むのが前座のさだめ。 あと、もう一夜・・・・。 それで任務完了だ。 (明日からの舞台・・・、ゆっくりと楽しむとするか・・・。) その為にも、今夜を無事乗り切らねばならない。 連日の過酷な任務で、夢守の体力、霊力は、既に限界を越えつつある。最後の夜は今迄に無くハードな物になりそうだ。 ふと肩越しに後ろを振り返り、夕日に赤く染まった大帝国劇場を見上げる。 「すみれさん・・・、行ってくるよ・・・。」 その中の何処かにいる筈のあの人に挨拶し、俺は歩き始めた。 帝都の闇を月の光で照らすために・・・。 (完) |